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2014年11月

2014年11月30日 (日)

神経の伝導速度とめまい (2003/03/23) 

 光(または電気) 300,000,000m/s

       音(大気中)         330m/s
       速い神経伝導        120m/s
       短距離走           10m/s
       遅い神経伝導        0.5m/s
       血流            数10cm/s
       リンパ流         もっと遅い

        生物の神経というケーブルを伝わる信号の実体は、活動電位(インパルス)の伝播であり、活動電位の実体は、イオン擾乱だという。神経中を伝わる信号の速 度は、電流の速度はおろか、音速にさえ及ばない。最高のスポーツ選手でさえ、その動作を制御するために四肢末端あるいは筋関節から送られてくる信号は常に 遅れて中枢(脊髄や脳)に達しているらしい。また、中枢での身体位置の解析や次のアクションを命令するための演算の速度も、現実の動きよりも遅れるとい う。我々の四肢体躯は、脳内にあると信じられている意志という命令に先行した何事かを目指して「勝手」に、そして全体として協調しながら動き、そして日々 その学習を重ねているようである。

 つまり、よく実感されているように、私の身体は必ずしも私の意志(自我の発露)の支配下にあるわけではない。私は、私の身体を支配し制御していると思い こんでいるのだが、それは錯覚にすぎない。体操選手のような、巧みな連続動作を意志的に作り出すことはできない。この当たり前の事実は、動作は意志によっ て成立しているという思いこみを粉砕する。意志による高位中枢を介した随意性ではなく、低位中枢を介した反射の連鎖による不随意的な適応なのだという説明 も、神経伝導速度と中枢の演算速度の限界の前では少し色褪せてくるように思われる。
      
 この辺りの事情を、随意性と不随意性、意志と自律性の問題一般に拡張して考えてみると、通説とは少し違った見方ができて、ある種の病気や病態の理解も拡張される。

 例えば、「めまい」あるいは眩暈発作後のめまい感を考えてみる。首座り、ハイハイ、お座り、つかまりだち、そして起立と歩行などの姿勢動作の獲得に費や される約1年、それから成人に達するまでの20年間に蓄積された姿勢制御の経歴が、ある時に突然に白紙に近い状態に戻されるとしよう。彼は、姿勢制御を実 現していた不随意系に信頼が置けない。彼は、不随意系に頼らずに、意志の力で随意的に姿勢を制御しようとする。けれど、如何せん、視覚や四肢からの信号を 中枢で情報処理し、その結果として四肢の位置を制御しようとしても、現実の進行に常に遅れてしまう。つまり、よろめいてしまう。彼は「めまい」の恐怖と不 安にかられ、一層に意志的に姿勢を制御しようとして失敗するというジレンマに陥ってしまう。

 めまい発作そのものと、その後に長く続くことが多くめまい発作をも誘発する「めまい感」を区別してこのように考えることもできる。キーワードとしては、余計な「はからい」の害とでも言うことができる。

 人を病者として呪縛してしまう病識の魔力は、「病は気から」の一つのバージョンである。

 運動系について東洋伝統的なとらえ方として経筋という括り方ができる。そこには、実に様々な手技手法が、そのすそ野を形づくっている。様々な武術がもっ ているワザも、当然のこととして攻撃的であると同時に治療的でもある。虫や鳥や獣の動作にヒントを得て、ワザや流儀が組み立てられるのもその自然観察眼の 故であろう。

 ところで、最も下等な脊椎動物である脊索動物にナメクジウオという魚類の祖先のような生き物がいる。まだ骨になりきれていない脊索を支柱として、ナメク ジウオはクネクネと胴体をくねらせて動きまわるらしい。このナメクジウオの動きの中に、経筋の始まりを観察してみることができないだろうか。
      
 ナメクジウオは容易には手に入らないから、より下等な部類から言えば、ヤツメウナギ、うなぎ、どじよう、ヘビなど、要するに鰭や四肢を持たぬかその働き が脆弱な動物の、脊椎を支点とした左右あるいは上下の鞭振運動を観察するのである。操体法の橋本敬三先生も、野口体操の野口三千三先生も、動物の動きや鞭 のしなりを観察し道を拓かれたのだという。テレビで見た野口氏の鞭のしなりヘビの動きの再現は面白かった。運動器の障害を動作全体の中で考えることの大切 さがある。

      

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正座シビレと神経痛 (2003/03/23) 

 正座などで起こるシビレは、誰もが体験したことのあるごく軽い末梢神経障害であって、神経(束)が圧迫絞厄された結果と考えられる。まずビリビリ・ジン ジンとした異常感覚が、しまいには感覚麻痺が起こる。回復の過程では異常感覚は痛みに近くなり感覚過敏も生じる。ただ神経痛としては感じられないのが普通 である。この時にシビレた部分を突っついたりされるととても痛いもので、こんなイタズラもこれまた誰もが経験していることであろう。

      
 正座シビレは、ごく軽い末梢神経障害であるが、機械的圧迫による伝導ブロックの典型でもある。この種の神経伝導ブロックの軽度で初期的な段階の徴候は、 興奮性が亢進するだけではなく、圧迫部位に局所電流が生ずることなどによって自発的に(つまりは受容器からの刺激に応答したものではない)高い頻度の活動 電位の発火が起こっていることを意味している。
      
 例えば、脊椎内あるいは椎間孔からその周辺部位で神経繊維の束(神経根)に圧迫性の伝導ブロックが生じているとしよう。非常に多くの神経繊維が束ねられ ている神経根では、それを包む結合組織の鞘が丈夫であればあるほど、外部からの圧迫力は中心部で大きくなるだろう。中心部には、より遠く末梢に至る神経繊 維が走っているのが合理的である。つまり、根部周辺での神経束の機械的圧迫や絞厄で生ずる伝導ブロックでは、その束の中で最も遠位に達する有髄感覚神経繊 維(固有感覚や触覚など)から順に障害が起こるのではないかと想定される。これは、現実の神経痛の事態によく合致した説明ではないだろうか。(だとする と、神経痛に先行して、伸張反射などの姿勢や運動に関する脊髄反射に何らかの失調徴候が見られるのではないかと考えられる。)
      
 正座シビレの場合、神経痛様の痛みはないのが普通であるが、回復期に生ずる強い異常感覚が限りなく神経痛に近い。回復時間が素早いために神経痛のような痛みとして認識されることが少ないのだと思われる。
      
 神経痛とは、伝導ブロックの軽度な段階での興奮性の高まった徴候の一つであり、ブロックが生じている神経部位で膜安定化が損なわれたりしてイオン擾乱が 大きく長く続くことなどによって過剰な局所電流が生じ、(末端からの伝播ではない)活動電位が自発的に過剰に発生している状態だということになる。

        末梢神経の侵害状態が起きている部位に直接影響し(痛みや疼きを再現することで確認されたりする)、その侵害状態を和らげるような治療的な刺激効果の説 明は解りやすく、実際によく使いそれなりに効果があると思えるのだが、痛み疼き感じられている部位への刺激の効果や、その疼きを再現するような中間的な部 位への刺激効果はどう説明したらよいのだろう。
      
 伝導ブロックされ侵害状態に陥っている神経は、その侵害部位を出発点として過剰なインパルスを発しているわけだが、そのインパルスはその支配域である体 壁の痛みや疼きとして感じられる。この支配域の痛みや疼きは、幻肢痛のような一種の錯覚のようなものと考えても良い。
      
 この痛みや疼きを感じている部位の受容器は興奮しておらず、従って活動電位の発生も上行伝播もない。痛み疼く部位への刺激の効果や、その痛み疼きを再現 するような中間的な部位への刺激効果を説明するとすれば、そのような刺激は軽度の伝導ブロックが起こっている部位に向けて活動電位を伝播させ、この下流か ら到達した活動電位によってイオン擾乱状態が何らかの干渉を受けるのではないか、という仮説がたてられる。もう一つの仮説は、二次神経レベルでの側抑制や ゲート制御であろうが、これは「なでさすり」効果の説明として有力なものであろう。

       伝達ブロック部位に侵害状態を形成し、そこで興奮性の高まりを左右している要因はどのようなものであろうか。低気圧の接近と神経痛の増悪の間には、本当に関連があるのか、あるとしたらどのようなメカニズムが働いているのだろうか。

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神経痛・・・・生理学のおさらい (2003/03/23) 

「痛み」は特殊な知覚体験である。
視覚、聴覚、体性感覚(触覚、圧覚、温度覚、痛覚)、味覚、嗅覚の5種類の感覚系が検知した感覚情報が一定の水準以上に達した場合、つまり感覚を惹起する刺激が個体を危機に陥れるような「侵害性」(生理的な)を帯びた場合に広義の痛み感覚が生じる。
これに対して、狭義の痛み感覚は、主に体性感覚(温度覚、触覚、圧覚、痛覚)に加えられた生体を損傷する可能性のある侵害性刺激によって生じている。

一般的に痛み感覚として論じられているのは、この後者についてである。

痛み感覚は、その生理的侵害性が過去の体験と照合され、個体の生存を危機に陥れるものと解釈され、いわば心的に侵害性が認知されて初めて「痛み」として知覚される。

痛みと苦痛の違いはこの辺りの事情に淵源があるわけで、そこに個人差つまりは主観性という修飾作用を受ける「痛み」評価の難しさがある。良く知られているように、予後経過への不安の有り様が「痛み」を大きく変化させる。

われわれは、手技施術を行う治療家・術者である前に、痛みはあるが苦痛ではないと病者が認識できるような、それなりの「安心」を与えられる存在としての医者でなければならない。もっとも、現実に成果を上げている鍼灸家は、常にそのような医者存在として、病者の苦痛を緩和し、その術によって痛みレベルに対処しているのであろうが。

体性感覚の伝送の経路は、受容器、一次神経細胞(末梢神経)、二次神経細胞(脊髄)、三次神経細胞(視床)を経て大脳皮質(感覚野・連合野)に達する。一般に単一の神経細胞(繊維)内での信号の伝わり方は伝導、神経細胞間のそれは伝達、そしてそれらを括って伝送という用語が使われている。

外界のエネルギー(物理的なあるいは化学的な)は、受容器に刺激として作用しそこで電気的なエネルギーに変換される。刺激の強度は受容器の電気エネルギーの大きさ(受容器電位の振幅)に写し取られる。受容器電位が一定の水準(閾値)をこえると、接続している一次神経細胞の末端にインパルス(活動電位)が生じる。インパルスの発火頻度は、受容器電位の振幅にほぼ比例している(アナログ-デジタル変換)。

神経細胞は、一定の持続時間と振幅をもった1種類の活動電位しか発生しない(全か無かの法則)。つまり、神経系は情報論的には1ビット(0か1ということ)の信号を伝達できるだけである。神経系がこの0か1かの信号を意味あるデータとして情報化するには、インパルスを連続的に発生させその発火頻度を変化させることによっている(頻度符号化あるいは周波数変調)。

つまり刺激(強度)は、まずは受容器電位の振幅に、次に一次神経細胞の活動電位の発火頻度として写し取られて情報化される。神経内(軸索)では、その細胞膜の内外に生じる局所電流(イオン擾乱)によって活動電位が次々と伝播していき、末端で次の神経細胞に接続してその信号は伝達される。

さらに高次神経細胞では、統合(収束と発散、時間的・空間的加重、抑制など)によって下位神経細胞の活動電位のタイミングとその数量に対応することでデータの情報化が進み、最終的には大脳皮質で感覚情報として認知に供される。

一次神経細胞の神経繊維の伝導速度は、その直径(軸索の)と髄鞘による被覆の有無によって決まっている。直径が太いほど、伝導速度は速い。

神経伝導は、温度や麻酔薬や機械的な圧迫などによって伝導ブロック、興奮性の低下つまり活動電位の発火抑制が起こる。薬物では細い繊維から、圧迫では太い繊維から順にブロックされる。

ここまでは、神経痛とは何かを考える場合の最低限の基礎知識としての生理学のおさらいである。ポイントは、一次神経(繊維)内で伝わっているのは、連続して生ずるイオン擾乱による活動電位の伝播であり、その発火頻度が刺激の大きさに比例しているということである。

ここで神経痛とはどのような感覚なのかを考えてみる。
末梢知覚神経の障害の程度に応じて、
①感覚過敏や異常感覚(シビレ感や蟻走感)、
②神経痛、
③感覚麻痺
という段階が想定される。

感覚過敏は、受容器に加えられた刺激に比例しない高頻度の活動電位が生じている状況。異常感覚や神経痛は、受容器には何らの刺激も加わっていないのに活動電位が高頻度に生じている状況。感覚麻痺は、伝導ブロックが起こって活動電位の発生が抑制されあるいは伝導されなくなった状況。何れの場合も一次神経細胞、つまり末梢神経にのみ伝導ブロックという障害が生じている結果として想定される。

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2014年11月26日 (水)

月をめぐる断章 (2002/11/17)

確認するまでもないことだが、太陽をめぐる円軌道上を運行するわれわれの住む惑星地球は、ほぼ365日でその軌道を一周している(年周期)。この地球を周回している唯一の衛星である月は、約29.5日の周期で運行している(月周期)。太陽が地平線から顔を出しはじめてから全円を現すまでの時間-角度を1単位とすると、ほぼ720単位で太陽は地球を一周している(日周期-もちろん地球が自転しているのだが)。これらの年月日の周期の波動は、地上の全ての動植物を運命づけるリズムとして、その生命活動を刻印している。

農耕の文明にとって最も重要な要素は、温度と日照であり、それは太陽のリズムである四季によって決定づけられる。月の周期は1年で約12日のズレをもって1ケ月を刻むが、四季の自然時間を人々の生活時間として区切る暦の単位としてはよほど実用的であり、12日分の補正を閏月として施した太陰太陽暦は、農事や漁労の作業スケジュールを決める目安として農耕文明を支えてきた。太陽神・天照大神・大日如来と月神・月読命・月輪は、共に手を携えて人々の営みを支えてきたわけである。

古代メソポタミアの民は、太陽周期で補正せずに月周期のみで暦を刻んだ。この太陰暦は、後のイスラムの文明に受け継がれイスラム暦となって、四季とは全 く無関係に独自の時季を刻んでいる。私たちのような四季が際だったモンスーン地帯に住む者には、低緯度圏で時に過酷な乾燥と熱暑に生きる人々の自然観は理 解を超えるものがある。太陽は、彼らにとって恵みの源ではあっても、過酷な自然の象徴でもあろう。私たちが、月の砂漠をはるばると旅のラクダの背にゆられ て行く隊商のイメージや砂丘に浮かぶ満月の図にロマンや詩情を感じるとすれば、彼らは日中の炎暑から解放してくれる救済神のシンボルとして月輪を観じてい るわけだ。イスラムのシンボルが、三日月と星であることはそのような意味を持っているのだろう。

ひんやりと乾燥して澄んだ夜空、砂丘から昇る青白く巨大な満月を眺めてみる。モンスーンの民としては、一度でいいからそのような体験をしてみたいものである。

  しらしらと望月の朝明けゆきて
     さゆろふ風にもの思ふなり

  月輪の冴ゆる寒空ひた走り

ところで、地平線に近くにある月は、天頂近くにある時と比べると極めて大きく見える。また、黄味や赤味を帯びる。前者は、近景にある地上の物体と の対比による錯覚とされ、後者は、大気中の粒子による乱反射とされている。納得はできるが、その不思議さにはいつも心に残るものがある。色目で言えば、赤 味を帯びた巨大な満月は妖しく、不気味でもある。2万キロほども離れた遙かに遠い黄土高原、そしてゴビの砂漠から飛来する砂の粒子が満月を赤く染める。こ れも砂漠の月か。

  満月の赤き 大陸の風の色

そして、ヒトの生理。性的に成熟した女性の月経に限らず、ヒトには、約29.5日の月齢周期があるとされる。その基礎には、24.8時間の日周期 (サーカディアンリズム、概日リズム)があるという。人は、体内の自然時間が陽の光によって補正された生活時間を健やかに生きている。

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スラウデ (2002/09/17)

小雨高温に推移した夏も終わり、このところ朝夕は涼しくなって年に二度の大きな季節変わり目の体調移行期、秋口徴候が少しずつ出てきている。
春と秋の季節変わり目は、冬型から夏型、夏型から冬型への体調移行期であり、各種の身体不調が出やすい時期である。

太陽をめぐる地球の公転にともなう年周期の波動つまり四季は、この地上のあらゆる動植物を運命づけるリズムとして、その生命活動を刻印している。

大地に根づき生える生き物、植物は、四季に応じて太陽と大気と無機物によって自らを養い(独立栄養)、生長繁茂し開花結実し世代を継ぎ、そして死の 眠りにつく。彼らの生のリズムは、緯度条件と海山川の地勢条件によって大きな修飾を受けながらも、その生きて死すべく条件付けられた大地の四季に応じて (再)生と(仮)死の間に自らの姿を変態させる。
何年も雨の降らなかった砂漠に雨が降ると一夜にして一面は花畑になる。千年の時を越えて蓮の実が 発芽しそして花をつける。特殊な条件下における植物の耐候性には、驚くべきものがある。がしかし、彼らの生は、太陽と大地の波動にきわめて従順であり、そ うでありながらにしてそれぞれの自己を屹立する(つまりはそれなりに抗うわけである)。

その大地に根づく植物に依存し(従属栄養)エサを求めて動きまわる生き物である動物は、自然に抗う(重力に抗して動き、気候に抗って体温を維持管理 しそして移動する)道を選択したが、餌たる植物の四季に応ずる生にまで抗うことはできず、エサの消長にともなって太陽の波動を受け入れることになる。
動 物の耐候性(つまり、四季の波動の振幅をより小さく受け入れるような能力)は、その移動能力も相まって多彩であり、一般に多様化と進化の系統のより新しく より複雑でより高度な構造と機能をもった動物ほどそれは強力である。彼らは、自然のリズムに順ずることをより少なくして、それなりに逆らった生を生きう る。

変温・外熱動物では、その体内温度は外部の熱環境に依存して変化しているが、硬骨魚類(普通の魚の類)でさえ一定の範囲であれば体内温度を外界温よ りも高く保つことができるし、「動く物」であるから移動によって、あるいは行動によって体温を調節することができる。つまり、その活動可能性は外界温に依 存しているけれども、それは多少の幅をもった依存性である。より低温期ともなれば、多年生の植物がするように冬眠してしのぐことになるし、より高温期には 夏眠することになる。

恒温・内熱動物では、その体内温度は外部の熱環境から独立してほぼ一定に保たれ得る。羽毛や分厚い脂肪層、高い代謝 レベル(そのために多くのエサが必要なのだが)によって、厳冬期でも冬眠することなく活動することが可能である。体温が40度前後もある鳥類は、酷暑を避 ける移動能力によって夏期をやり過ごす(渡りは避暑行動であろうか)。哺乳類では、その発達した行動能力と学習能力のおかげで様々な避暑手段を駆使し高温 期をやり過ごす。

特にわれわれヒトは、その優れた冷却機である皮膚の放熱機能(冷媒である血液の環流を増し、ラジエター・フィンである皮 膚からの輻射熱を増し、そして冷却水である汗の蒸発による冷却効果)によって、最も優れた恒温性・耐高温性をもっている。さらに、より発達した学習能力 は、火の使用・衣類・住居に始まり空調という人工気候を創出することによって、大気と大地のリズムに順ずることなく生きる術としての文明を築いた。天地の 波動からの乖離は、発情・交尾・出産という生殖のリズムが、全くと言ってよいほどに四季のリズムと同期しないことからもみても、文明の所産以上にヒトの身 体奥深くに刻まれた性ともとれる。しかし、死すべく運命づけられている生である以上、その抵抗も所詮は大日の掌のうちにしかなく、天地の波動への従順もま たその生をより深くあやなしている。

植物の従順といい動物の抗いといい、そもそも生命とは天地自然との抗いのうちに自らをあらしめる、ということではないのか。植物の従順な抗いと、動物の抗う従順は、それぞれの生の基本形ともいえよう。
抗いこそが生であり、従順は即ち死である。抗う生と従う死とのせめぎ合いの振幅の内に、生物のそれぞれの一生は形づくられる。色即是空と空即是色の往還が生き物の生を象っている。

(ところで、鉄腕アトムに太陽光発電機あるいは太陽光触媒の燃料電池を実装すれば、動物生をもった植物、あるいは植物生をもった動物、のような究極 の生き物?が想像できるが、それは生命体なのかどうか。近代西洋の究極の人間の理想像は、こんなロボット?なのだろうか。脳に蓄積されたデータは人工神経 回路に転送され、脳はチップの中に置換され、エネルギーは太陽光から取得し、四肢躯体はありとあらゆるメカニックに代替される。そこには永遠の生があるよ うにも見える。しかし、それは生命体なのかどうか。)

というような少し大げさな前置きで、四季に抗う文明人が四季に従う自然人でもあるということを、夏型から冬型への体調移行期・秋口の変調から確認する日月の報告である。

身近でとるに足りない体調の変調として筋肉の「冷え」を考えてみる。
春5月頃と秋9月頃は、正確な統計もないが「筋違い」が頻発するとの確信的な印象がある。
首筋の寝違い、(軽い)ギックリ腰、背中の筋違い、そして二の腕の筋違い=スラウデなど。

ピッチャーがウオームアップをせずに全力投球する。ランナーがジョグもせず身体もほぐさずに全速で走る。こんなことをすれば、軽ければ筋違い(微少 部分の)、重ければ肉離れ(完全な)という筋腱損傷を起こす。冷えた筋肉は、十分な伸張性をもたずブレーキとなる反射も最適とはいかず、痙攣を起こしやす い。痙攣するだけではなく、強い収縮に制動が働かず自力で自分を損傷したり、強い伸展に制動がかからず延びきって損傷したりしてしまう。

夏場とおなじような服装、寝具、習慣、このような生活環境のまま寝ている身体に冷たい秋風はしのびよる。自覚しにくい僅かな冷えが体躯四肢を侵す。 この筋肉の軽微な冷え状態に、起床後あるいは午前中の準備運動の不十分さが重なり、それに少しの過負荷あるいは無理な体勢が加わると、いともたやすく「筋 違い」を起こす。癖というほどに「筋違い」を起こしやすい人の、癖になった筋違いの部位の筋肉は、おそらく傷ついた筋繊維が瘢痕となっているのかも知れな い。

秋の夏型から冬型への体調移行期に、なぜ筋肉の冷えが生じやすく筋違いが起こりやすいのかを説明するのは比較的容易である。一方、春の冬型から夏型への移行期でもなぜ「筋肉の冷え」が生じやすく筋違いが起こりやすいかを説明するには、少し別の理由づけがいるようである。

冬 型では、外気温と衣類・空調を含む人工気象環境と労作運動の条件によりバリエーションがあろうが、基本は放熱を減らし産熱を増すことになる。身体の外殻温 度域である皮膚と体壁末端の筋層の血流量は、それぞれの組織を養うに足る固有栄養量に抑えられ、熱の放散が最小限に抑制されているだろう。ただ筋層は、労 作運動やふるえによる筋産熱によって、直ちにその温度も上昇し、血流もそれに応じて容易に増加する程度の抑制のされ方だろう。当然、冬場に準備運動もなく 「冷えた筋肉」によって急な運動や無理な体勢をとろうとすれば、やはり容易に「筋違い」を起こすはずである。

晩春から初夏にかけ急速に外 気温が上昇してくると、皮膚からの放熱を促進するために外殻温度域を環流する血液量も一気に増加する。皮膚と体壁筋層を流れる血液量が共に一定傾向で増加 するとしても、放熱器官である皮膚の血流量の増加要請の方がより大きいとしたら、相対的には筋層を流れる血液量が一時的に不足しがちになることもあり得 る。あるいは、皮膚で放熱した後の冷却された血液が環流する静脈系が筋層の温度を下げしてまうことなども考えられる。

もっと単純な説明には、外界温と衣類・寝具のミスマッチ、あるいは生理的な気候馴化と習慣上の保温行動のズレということもあげられる。
筋肉 の痙攣(つれ・つり)の代表格である「ふくらはぎのケイレン」は、神経や筋肉の疲労(神経痛を起こしやすい状態や神経筋の伝達疲労も含めて)、冷え、無理 な体勢の負荷などの要因によって起こる。冷たい水中を泳ぐ、苦手なキックを多用する、そんな時はてきめんにツル。とても痛い。
ふくらはぎのケイレ ンは、運動中やその後によく起こるが、就寝中とくに夜中から早朝にもよく起こる。ケイレンしやすい人は、普段からふくらはぎの筋肉が硬い。就寝中のケイレ ンは、このような条件をもった人が寝ている間にふくらばきの筋肉を冷やしてしまうことで起きるように思われる。
筋肉を冷やすとなぜケイレンしやすくなるか、この問題については長くなりそうなので別考にしよう。
こ の夜間就寝中のふくらはぎのケイレンが、冬場ではなく夏場に多いというのは意外な感じもする。寒冷期、身体は衣類や寝具によって十分に纏われ保温される。 それに対して夏期は、衣類も寝具も薄く、場合によっては裸に近くなる。このような姿態でいると、夜半から明け方の最低温度時間帯には、外殻温度域である下 肢下腿の温度はより低下するだろう。つまりふくらはぎは冷える。近頃は、日中夜間共に冷房がよく効いた環境も少なくない。要するに、冬よりも夏の方がふく らはぎは冷えやすい。

気候の変わり目、特に寒冷期と温暖期の境目では、寒冷温暖の順調な移行だけではなく一時的には逆行するような気候のブレは少なくない。そんなブレや すい気候不安定期では、身体生理の気候馴化の進み具合と、生活習慣における保温行動の追随の間にズレが生じやすい。こんなスキ間に、春風秋風は冷たく吹き 込み、節々や筋肉、呼吸器を侵す(イメージとしての話・・・・まあこれが伝統医学的な表現の一種であろうか)。

二十四節気の全てではないにしろ、節目となる節句・節供の行事は、気候馴化と保温行動のズレを意識させ修正させるイベントでもあったろう。人工気象 環境が発達した文明社会に暮らす現代人には、節供のこのような意義は忘れ去られている(副産物は、何らかの助言がなければ、暑くても服を脱ごうとしない、 寒くても服を着ようとしない、こんな若者や子供達の存在であろうか)。

ここ2週間、Fさん・ギックリ腰、Tさん・背中の筋違い、Kさん・スラウデ、Sさん・ギックリ腰、Tさん・ギックリ腰、Yさん・ギックリ腰、Kさ ん・首と背中の筋違い、Tさん・首の筋違い(腕の神経痛)など、みな症状は軽度で日常生活上の支障はさほどではないがそれなりに痛い「筋違い」の患者さん たちである。

スラウデ、漢字で書けば「空腕」であろうか。わが故郷・筑後地方の方言では、ウソ・偽りを「スラゴツ」と言ったりする。これも漢字で書けば「空事・空言」であろう。絵空ごとの「そらごと」であろう。
スラウデ「空腕」は、手みあげ無し・手ぶらという意味で使われることもあるらしい。
ここでいうスラウデは、前腕(肘から手首まで)の伸側(手の甲側)の筋の痛みをいう。専門的な用語を使えば、主に小指と薬指の伸筋の筋筋膜の傷害の一種ということになるだろう。
ス ラウデですかね、と自己診断する患者さんたちに聞くと、特別に思い当たる節もなく、ちょっとした動作で手首を捻った時に手首のスジを傷めたとか、昔田植え 前の苗取りの後によくスラウデを起こしたなどとおっしゃる。自分自身の体験で言えば、20年ほど前にパソコンに初めて触れた頃、5本指を使ったブラインド タッチに挑戦したことがあって、その時になかなか上達しない小指や薬指のキー操作が原因と思われるスラウデになったことがある。大したことはない痛みでは あったが、なかなか治らず、しまいにはテニス肘といわれる前腕伸筋の筋腱痛と腱の付着部の限局した痛みの状態に近くまでなって、結局は5本指使いを止めて しまった。それで今でも3本指のカナ変換で、けっして入力は早くはないのだけれど。

なぜスラウデというのか考えてみる。
普通の日常生活では薬指・小指を伸ばす筋の使用頻度は最も少ない。これらの筋肉の能力水準は低くかつ動 かす(そらす)ための準備状態も不十分なことが多い。こんな筋肉の状態で、急に手首をひねったり反らしたりする動作が加わったり、指を反らす動作(手首の 伸展も含む)を多用した場合、これらの筋肉に筋違い様の傷害が発生するのではなかろうか。スラウデは、何気ない動作や思い当たることが少ない動きを起点と していることを指しているように思われる。
難しくいうと、小指や薬指の伸筋では、等尺性収縮や遠心性収縮が多く、求心性収縮は少ない。つまり、小 指や薬指の伸展動作は日常生活上では少ない。そのため、それらの指に急に伸展動作(求心性収縮)を負荷すると、その収縮を制動する反射がうまく働かなかっ たりするなどして筋膜や筋繊維の微細な損傷=筋違いを起こしやすいのではないだろうか。
スラウデの進化形としてテニス肘(上腕骨外果炎)を考えてもよくて、はさみやドライヤーを長時間使う理美容師、にわかテニスプレーヤー(プロでも傷害を抱える選手は多いらしいが)、手首の返しがきつすぎる飛ばしたがりのゴルフプレーヤーなどに多くみられる。

人工的にスラウデを作り出すことができる。まず、氷でそれらの伸筋部を冷やす、そして慣れない鍵盤楽器の演奏やキーボード操作などを5本指で(小指 と薬指をしっかり使って)負荷する。それを繰り返せば、確実に手の三里というツボの位置から手首にかけてジワジワした痛みが生じるはずである。これに、少 し重い物をグリップを効かせて(小指・薬指に力を入れて)、手首を反らすような持ち上げ方をさせてやればもっと効果的だろう。

スラウデ話を思いつかせてくれたKさんは、秋口の冷えを腕に受け、その腕で朝食の時にポットを持ち上げ湯を注ぐ動作をして前腕伸筋の筋違い=スラウデを発症された。

軽いスラウデは、保温だけでも数日で癒える。少しひどければ、それらの筋肉への軽い鍼灸刺激でカタがつく。こじれると、手首の外くるぶしや肘の外果あたりに着いている腱などに、しつこく治療に抵抗する痛みが続いたりする(腱鞘炎といわれることもあるだろう)。

いずれにしても、筋違いの予防は、筋肉の保温と十分な準備運動、日頃適度な求心性収縮を負荷しかつその後にストレッチすることなどであろう。

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2014年11月25日 (火)

支持系筋-ヒラメ筋 (2002/08/21) 

◆10数年前から膝痛と下腿内側のツボの関係について注目し、この部の①脛骨縁の奥と②膝の裏で、硬く触れる索条の硬くて強い握圧痛を示す筋と、膝蓋骨内外縁から裂隙にかけての傷害の関連性について考え続けてきた。膝痛と下腿筋群の関連性を考察した成書を探してみたが、未だお目にかかれていない。

◆このサイトにも「緩慢な捻挫」と題してこの間に考えてきたことをメモしている。
多軸多関節運動の動的調節機構理論という長ったらしいタイトルで、運動器傷害論の概念を掴んでいたつもりであった。
つい最近、整形外科医の井原秀俊という先生の『関節トレーニング』(協同医書出版社)という本を読んで驚いている。どちらかというと傷害の診方が構造・構築・形態の静的な側面にばかり囚われていると、私には思われる日本の通常の整形外科の流れからは少しはみ出した神経生理・運動生理の豊富な研究成果を踏まえたダイナミックな運動器傷害論と治療論=「神経運動器協調訓練」がそこにあった。

◆仙台の故橋本敬三先生は、ダイナミックな運動力学的発想によって養生・治療アプローチである操体法という運動・治療・訓練法を体系づけられた。操体法は、神経生理・運動生理の研究成果を基礎とした神経運動器強調訓練などとはひと味違った、総合の観察眼と真摯な実践の成果ともいうべき病理論・治療論と実践の体系であって、神経生理・運動生理の研究がこの体系を後付けできるのはまだまだ先のことになるだろう。

◆関節トレーニング・神経運動器協調訓練も操体法も共に優れた理論と実践の系を構築しているが、優劣ということではなくて両者の差を考えてみる。
この両者の間にある差は、医における観察の問題、より本質的には思想の問題にたどり着くように思われる。
過剰で些末とも言える思想・観念を抱えているのが「伝統医学」であり、思想や観念を極小化し、「実証」(という観念=客観性、科学的実証、そしてはやりのエビデンスである)に囚われているのが「近代医学」である。
思想や観念や哲学はいらない、という人々の脳みその奥には浅薄で幼稚な思想と観念と哲学があることは、ナチズムを呼び込む優生学や社会進化論の亜流に成り下がるであろう遺伝子科学技術の近未来型を想像するだけですぐに判ることである。
雄大で上等な生物学思想が、本当は必要なのではあるまいか。

◆関節トレーニング・神経運動器協調訓練も、全体性・総合性の発想から実証を定義し理論化している点で、単層的な機械論に陥りがちな整形外科学を救済している。
伝統医学の過剰な思想は、雄大ではあるけれど必ずしも上等とは限らない。操体法の思想は、過剰で些末で形式的な観念化を避けながら、伝統医学のもつ全体性を理論と実践の系に生かしているように思われる。
ただ、身体姿勢、運動あるいは動作に歪み(を生ずる事象)の連鎖に階層があり位相があるのが身体の全体性の実相なのだとすれば、生じてしまった歪みもまたその連鎖の一層(相)に過ぎないのであって、これも一つの手法である、というほどの自己限定がそれこそ全体性の思考に通じるのではないか、と全体性を考えながら分析したくなる。
足首の硬さ、動きやすさは下腿・大腿筋系の屈伸両系のトーヌスあるいはその差によるのだとしたら、例えば下腿筋群のトーンや筋腹長を決めているのは(生理過程としては筋内固有感覚器とその反射系の働きだとしても)どのような要因だろうか。
ここに、踵と下腿を足関節でまたぐ一関節筋であるヒラメ筋をその代表選手として着目した、「支持系筋群」という概念を考えている理由の一端がある。

◆腰痛の予防と治療の第一歩は、腰椎や仙骨周辺の障害であれ腰筋の障害であれ、まずはタイトなハムストリング筋群を弛めることにある、というのは理論的にも実践的にも知られていることである。にも関わらず、自分自身も含め巷の医療機関の対処は、まず腰そのものに眼を向けはするが、そこに連なる下肢全体、背中全体を眺め、動的な「連鎖」「重なり」を考慮するのが疎かになりがちである。

実際、タイト・ハムストリング筋群を弛めるのは難しいことで、患者自身が苦痛に耐え(後は気持ちがいいのだが)労と時を惜しまずに自己改造に取り組まないと成功は覚束ない。  当座の痛みを緩和することと、傷害を生じにくい身体機能と動作パターンを獲得することの間には大きな隔たりがある。患者も治療者も安直に流れやすい。
大腿後面の大きな筋群であるハムストリングスは、下腿固定位では膝関節を伸展し、下腿遊相位では膝関節で下腿を屈曲する強力な動作系筋である、と同時に大腿固定位では股関節で大腿に対する骨盤の前方回旋を制動し骨盤を支持固定する支持系筋でもある。

腰痛の直接因とされる椎間板や椎間関節などの脊椎周囲、骨盤と脊椎を連結する仙腸関節、それに腰背筋にかかる負荷のレベルは、骨盤支持系筋であるハムストリングスの伸展性にかかっている。ハムストリングスの伸展性が、脊椎周囲、仙腸関節、腰背筋の傷害の遠因となっていることに間違いはない。
繰り返せば、ハムストリングスは膝と股関節をまたぐ二関節筋であり、ヒトの直立位において大腿骨に対して骨盤-体幹を引き上げ起こす支持系筋群である。ヒトの作業姿勢として最も重要な中腰前屈位は、股関節での大腿骨に対する骨盤の前方回旋と下部腰椎・仙骨の間での屈曲性に依存している。ハムストリングスの伸展性は、ヒトが膝・股関節の伸展位をもって直立したときの筋腹長として固有知覚系を介して「記銘」されている。ハムストリングスの伸展性は、骨盤の前方回旋の度合いを左右している。

タイト(「記銘」筋腹長が短い・収縮残留が大きく硬く窮屈)なハムストリングスは、骨盤の前方回旋を制動することで、中腰前屈位における下部腰椎・仙骨の椎間による屈曲の依存度を高め、下部腰椎椎間板と骨盤仙骨連結部への負荷を増すことになっている。

作業姿勢として最も重要なこの中腰前屈位では、足関節と膝関節の屈曲位を伴うことで、腰椎・仙骨での屈曲度を大きくすることなく、骨盤の前方回旋の依存度をより少なくして体前屈を達成することができる。つまり、ハムストリングスの骨盤制動作用による下部腰椎椎間板と骨盤仙骨連結部への負荷の増大をより少なくするには、ハムストリングがタイトでないことはもちろん足関節と膝関節の屈曲がこの肢位でスムースに実現されることが重要である。

この場合、膝関節と足関節の屈曲は常にセットになって機能しており、足関節の屈曲の深さが膝関節の屈曲位の深さを規定するが、その足関節の屈曲位を規定しているのは下腿のヒラメ筋の伸展性あるいは遠心性収縮である(より正確には、ヒラメ筋の働きは足関節において下腿-体幹を後ろに引き起こし前へ倒れるの防ぐ直立の第一制御エンジンである。足関節が屈曲位となっても前倒しないでいられるのは、このヒラメ筋の遠心性収縮の働きのおかげである)。

さらに、中腰前屈位では、軽度屈曲位で固定された下腿に対して膝関節で大腿を軽度屈曲位に支持固定し、中腰位となった体幹が後倒し腰が落ちてしまうのを防いでいるのは強大な膝伸筋=大腿四頭筋群である。この時、四頭筋群は支持系筋として働いているが、歩行、走行、起居動作時には主要な動作系筋であり、そのため応答性が高い粗大力を発揮して筋腹長の伸縮が大きい反面、疲労しやすいという性質をもっている(逆に支持系筋群は、応答性は決して高くないが、ねばり強く持久力があり、筋腹張の伸縮が少ないなどの性質をもったものとして一般的に定義されうる)。

ハムストリングスは、同じくこの大腿の動作層で、固定された膝・大腿を起点に股関節で骨盤の適度な前方回旋を支持固定(つまりは制動し)しながら下部腰椎椎間板と骨盤仙骨連結部への屈曲負荷を和らげつつ作業姿勢の保持を実現している。
中腰前屈位は、足関節屈曲位で下腿が支持固定され、膝関節屈曲位で大腿が支持固定され、柔らかいハムストリングスが骨盤前方回旋の制動作用を適度に弛めることによって理想的な作業姿勢となる。
作業姿勢で腰を十分に落とすには、ハムストリングの柔らかさ、それに膝と足首の柔軟性が必要であり、これが腰痛予防と養生の基本原則となるわけである。

腰痛治療に使われる足の太陽経筋のツボや足関節周りのツボは、上記のような運動連鎖系の中で位置づけることが可能である。
ヒラメ筋やハムストリングスなどの支持系の筋群のハイトーヌス・収縮残留状態・固有長の短めの「記銘」状態・つまりは筋腹の硬さ・握圧痛の強さ(筋硬)を解いてやることの意義は、このような運動病態論の流れのなかで考えることができる。

◆直立し二足歩行するヒトの姿勢維持において、静的にも動的にも大地に対して脚を支持し固定しつづけるヒラメ筋は支持系の第一制御エンジンである(腓腹筋は、歩行や動作の第一推進エンジンとして大地を蹴る)。

支持系筋群は、相対的な比較的な意味合いでであるが、応答性は決して高くないが、ねばり強く持久力があり、筋腹張の伸縮が少ない、縁の下の力持ち的性質をもっている。この中でも特に「筋腹張の伸縮が少ない」こと、関節固定を実現する筋腹長の短縮を伴わない等尺性収縮と遠心性収縮が主体である点(大きな関節動作を実現する等張性(求心性)収縮が主体の動作系筋と違って)が、運動器傷害の連鎖の中で注目されるべきであろう。  大きな動作を伴わず、伸び縮みが少なく、かつ長時間にわたって高い緊張を強いられている等尺性収縮が主体である支持系筋群は、タイト(「記銘」筋腹長が短い・トーヌスが高い・収縮残留が大きく硬く窮屈な)な筋腹をもつ必然性が高いことになる。

ヒラメ筋やハムストリングスや中殿筋や上腕三頭筋の筋腹の硬さ(筋硬)は、筋腹をゆっくりと強く握る握圧法や指圧によってテストすると、たいていは極めて強い痛みを発することで知られる。これらの筋肉の筋腹は、ただ硬いのではなく握圧や指圧によって特異的な痛みを示す。等張性収縮(求心・遠心性も含め)が主体の動作系筋群の筋腹に、同じような握圧や指圧を加えても、このような特異な痛みは生じない。

この支持系筋群の筋腹の握圧や指圧で示される特異な痛みは、筋内圧力、筋膜刺激、筋腹内を走行する神経に対する圧迫刺激など何れかによるのであろう。

支持系筋群のこの特異な握圧痛は、支持系であるが故の慢性疲労として考えられる。支持系筋群の慢性疲労は、支持系の機能である多関節運動における関節軸位や関節滑動の制御を損ない、結果として関節並びに関節周囲器の傷害を招く遠因となる(緩慢な捻挫)。

このような特異的な握圧痛を示す支持系筋群に、繰り返して握圧法やストレッチや操体法や鍼刺激を加え続けると、この握圧痛はかなり軽減する。

◆膝関節の動作において、関節の緩衝適合の装置である半月板を屈伸位の最適位置に誘導適合させているのは、内側ではハムストリンクグスの一部でもある半膜様筋、外側では下腿後面筋の膝窩筋であるとされている。膝の屈伸に際して、これらの誘導・調節系の筋群が正しく働くことによって、関節の緩衝適合が実現している。

関節の緩衝適合の不具合は、様々な関節構成体の急性あるいは慢性の損傷をもたらし、関節運動を障害し軟部組織を傷害する。  誘導・調節系筋群も支持系筋群と似たような性質をもっており、やはり慢性疲労と考えられる筋硬が出やすく、握圧痛を強く示しやすい。膝窩筋の握圧痛も強いもので、腹臥位で膝裏の中央からやや内側よりの部分で腓腹筋腱と共に硬く触れるこの筋の握圧痛は、ヒラメ筋のそれに劣らない。

原発性の関節滑膜炎などを除く多くの膝痛は、関節の緩衝適合の働きによって保護されている装置の傷害と考えられ、膝の屈伸における誘導・調節系の筋群(膝窩筋、半膜様筋、内転筋、大腿筋膜張筋など)の関節制動機能が損なわれた結果であろう。

◆下の表は、勾配を変化させたトレッドミル歩行時といろいろな姿勢において、身体各所の筋肉群がどの程度のエネルギーを出しているかを調べたものである。

後下腿筋群はヒラメ筋と腓腹筋を、後大腿筋群はハムストリングスを、前大腿筋群は大腿四頭筋をそれぞれ現している。

歩行では、足首を支持固定しながら地面を蹴る、ヒラメ筋と腓腹筋(合わせて下腿三頭筋)の働きの大きさが特徴的である。勾配がつくに従って大腿四頭筋、さらにハムストリングスとその筋肉エネルギー出力が上がっているのがよくわかる。

  勾配0度 勾配2度 勾配4度 勾配6度 勾配8度
体幹起立筋群 25.4 12.0% 19 8.0% 21.3 7.4% 28.3 9.2% 24.3 7.1%
前腹筋群 16.9 8.0% 18.4 7.8% 20.5 7.1% 21.2 6.9% 21.4 6.3%
臀筋群 15.6 7.4% 17.9 7.5% 27 9.3% 34 11.1% 32.7 9.6%
前大腿筋群 34.5 16.3% 57.7 24.3% 75.9 26.2% 79.7 26.0% 110.4 32.5%
後大腿筋群 39 18.4% 47.8 20.2% 49.9 17.2% 54.4 17.8% 52.5 15.4%
前下腿筋群 11.7 5.5% 11.4 4.8% 13.5 4.7% 14.3 4.7% 18.1 5.3%
後下腿筋群 69 32.5% 65 27.4% 81.3 28.1% 74.3 24.3% 80.6 23.7%

トレッドミル歩行における主要局所筋エネルギー代謝量(単位W)  (横山 1980) 
  ※赤枠は50ワットを超える筋群

各種の姿勢での特徴は、爪先立ち・弛緩立位・下り坂立位・中腰位の各姿勢での後下腿筋群の出力で、爪先立ちのそれは足の底屈に要する筋力を意味しているが、他の三者は体前傾に対応して体幹を後ろに引き起こしている直立の第一制御エンジンとしての役目を意味している。
      この表の中腰位は、写真も図もなかったので詳細は不明だが、おそらく前屈の意味であり、腰を落とすという意味での中腰ではないようである。本論中で言及している中腰前屈位は中腰2に近いだろう。             

  爪先立ち 登り坂立位 緊張立位 弛緩立位 下り坂立位 中腰位1 中腰位2 中腰位3 最前屈位 椅座位 仰臥位 伏臥位
体幹起立筋群 8.5 4.9 6.4 9.2 3.3 34.3 16.3 14 5.3 4 1.6 3.5
前腹筋群 7.8   19.7 5.9   8.3 7.3   7.1 5.6 2.7 3.4
臀筋群 4 7.6 17.4 5.7 2.7 11.7 9.3 15.8 13.8 2.3 1.5 2.4
前大腿筋群 7.1 7.7 21.9 6.4 6 4.8 53.3 75 4.9 2 1.2 2.8
後大腿筋群 4.4 1.5 3.3 2.8 1.6 8 2.6 3.1 12.2 0.7 0.5 1.2
前下腿筋群 3   2.7 0.7   0.8 2.3   1 0.2 0.5 0.3
後下腿筋群 25.5 6.3 5.6 11.2 12 6.6 13.5 13.8 9 1.4 1.4 1.3

各種姿勢保持中の主要局所筋エネルギー代謝量(単位W)  (横山 1993)
※赤枠は10ワットを超える筋群

◆同じような筋電図法による姿勢の研究では(岡田 1972)、
   直立姿勢で
      ヒラメ筋の10~20%の活動レベル(他の筋群はほぼ5%未満)
   中腰姿勢(腰を落として前屈はしない)で
      大腿四頭筋の10~20%の活動レベル、
      腓腹筋(外側頭)とヒラメ筋の5%前後の活動レベル(他の筋群は5%未満)
   という結果が出ている。

◆何れにせよ「ふくらはぎ」を形づくっている下腿三頭筋(ヒラメ筋・腓腹筋内側・外側)の働きぶりは大変なものである。太腿四頭筋と「ふくらはぎ」の筋肉 の容積と重量を比較すれば、3対1ほどであろうが、局所エネルギー代謝量の差はそれほどではない。大腿四頭筋の疲労しやすさ、筋肉の痩せやすさと、「ふく らはぎ」の疲労しにくさ、筋肉の痩せにくさは好対照である。

アメリカで男性性の象徴は、と言えば「ふくらはぎ」の筋肉の盛り上がり方(特に腓腹筋外側頭か)という。それで「美容整形」では、「ふくらはぎ」を大きくふくらませる形成術があるそうである。

アトラス、ヘラクレス、ダビデなどの彫像の「ふくらはぎ」、相撲絵に見られる力士のふんばった脚に見られる「ふくらはぎ」。「ふくらはぎ」には、「ふともも」とは違った縁の下の力持ち的な力強さのシンボリズムがある。

◆ふくらはぎの養生法として患者さんに指導する幾つかの体操。
      
つま先立ち・踵落とし(階段などの段差を利用してつま先で支えて踵を十分に落とす)
       ・・・・ ふくらはぎの強い収縮と強い伸展
    
つま先立ち歩行
       ・・・・ ふくらはぎの強い収縮、立位バランスの強化
      
つま先立ちスクワットと踵つけ蹲踞
       ・・・・ 腓腹筋の強い収縮と少しの伸展、ヒラメ筋の強い伸展、立位バランスの強化
      
四股ふみ(踵を地面につけ十分に腰を落とす、可能であればスリ足前進)
       ・・・・ ヒラメ筋の伸展しながらの強い収縮(遠心性収縮)
       ・・・・ 大腿内転筋とハムストリングの伸展しながらの収縮

いつかデジカメ写真を掲載してみたいと思っている。

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近 況 (2002/08/21)

この2ケ月の乱読斜読
経絡〈原形〉論を構想して以来、乱読を重ねて少々疲れて混乱気味。

ジー:脊椎動物の起源
グリビン:地球生命35億年物語
谷内透:サメの自然史
ドレファス:コンピュータには何ができないか
吉田政幸:分類学からの出発
中井久夫:家族の深淵
グレーリング:ウィトゲンシュタイン
本間祥白:経絡治療講話
大森荘蔵:流れとよどみ
大森荘蔵:時は流れず
ポルトマン:脊椎動物比較形態学
ジンマー:水辺で起きた大進化
山田幸生他:からだと熱の流れの科学
彼末一之他:脳と体温
小川徳雄:新汗のはなし
井原秀俊:関節トレーニング
小田伸午:身体運動における右と左
三木成夫:ヒトのからだ
三木成夫:生命形態の自然誌Ⅰ
桐谷圭治:昆虫と気象
ラタッシュ:運動神経生理学講義

特に21年前に大阪の旭屋で買ったらしいポルトマンの『脊椎動物比較形態学』は、三木成夫の源流の一つのようで2回半ほど通読。これで三木成夫の〔生命形態学〕をもう少し読み込むための準備ができたような・・・・・

温熱生理も入来や中山らの80-90年代の研究からすると工学系や分子生物学系の人たちの活躍が目立つようでなかなかに難解。
「生体の中の 熱移動現象は複雑で、定量化にはコンピュータの活用が」という工学系の人の展望は、「経絡は当分は科学では追えない」と述べた藤本蓮風先生の感想に近い。 総論と各論の乖離というべきか。ただ、日常観察にもっと深さがあれば、「個別的」な精密さとは別の次元で少し展開が開けるのではないかとも思う。

繰り言をいえば、会組織の運営をめぐるゴタゴタのババ引き関与からも、ボランティア経営者としての頭痛の種の資金繰りからも、腰痛原因の酔狂のペン キ塗りからも、解放されたらもっと時間がとれるだろうになと考えながら、この2ケ月で実用的で人前でも恥ずかしくないアクセス・アプリケーションを3本仕 上げたことで、少し逃げがあるのかなとも反省している。

◆臨床笑話 ( 全部実話です!)

したを向いて下さい。
・・・・ 「うつぶせに」のつもりで言ったのに、ホントに下を向いてしまったTさん。

したを出して下さい。
・・・・ ホントに「した」を出しかけた素直なAさん。

きをつけして下さい。
・・・・ 「横向きで手を真横にそろえて」のつもりだったのに、ホントにベット上の横向きで「きをつけ」してつんのめってしまった×さん。

「見慣れてますから。」(もちろん下着付きです。)
・・・・ と言ったら、「見せなれてません」といってしっかりと胸にバスタオルを巻いたSさん。

全部脱いで下さい。
・・・・ 「下着だけになって」のつもりだったのに・・・・・

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2014年11月24日 (月)

めまい2題 (2002/07/15)

◆Tさん53歳のめまい
Tさんは、10数年前から年に数回ほど肩こりや胸部圧迫感を訴えて来院されていた。
1年半ほど前、嘔吐と耳鳴りを伴う突発的な回転性めまいの発作があり、耳鼻科ではメニエル氏病とされ抗暈剤と精神安定剤を投与された。同時期に受診した婦人科では、強い不安感や冷えのぼせや肩こり頭痛から更年期障害とされ、ホルモン補充療法を受けている。
めまい発症当時から当院にも来院されるが、不安感が強く継続的な鍼灸治療はできなかった。
めまい発症から3ケ月ほど経過した時点で、再度受診され、それ以来週1回継続的な治療を行っている。

再来時、回転性のめまい発作はないが、頭の位置を変えるとしばらくめまい感(浮遊・動揺感)があり、立位で身体が揺れる動揺感、床の傾斜が強く誇大に感じられて体が傾いたり倒れそうになる強迫感がある。歩行時には雲の上を歩いているようでだんだん斜めに進んでしまう。
耳鳴りについては、よく聞くと首筋が凝ったときに「ボツボツ・ザーザー」といった音がする程度で、これは血管雑音と考えられる。めまい初発時の耳鳴りの詳細は不明。
冬から春にかけて、頭部顔面の熱感と足が冷たくてジンジンする冷えのぼせ症状が強く、特に室内外の温度差のある状況で強く誘発される。冷えのぼせ症状がはっきりと出ているときは、胸部が圧迫されるようで頭が重たく、めまい感も増強する。
頭部のぼせ感がないときにも、下腿から足にかけてはジーンとした感覚があるが、必ずしも冷えは伴わない。
不安傾向の強い方で、最初のめまい発作が強く印象づけられているためもあるのか、「めまい」感に過敏に反応される。

更年期の「頭部のぼせ循環不全」、生来の不安心気傾向、不眠による脳疲労が重なり、頭部の内耳・前庭迷路系に何らかの循環機能異常が生じた結果、最初のめまい発作があったものと考えられる。
こ の時の内耳の機能障害の範囲が広く、迷路系だけではなく蝸牛系(聴覚域)にも何らかの異常があり、耳鳴り・難聴など症状が同時に強く出ていればメニエル氏 病とされるのだろうが、この方の場合は、蝸牛系の異常はそう大きくなかったのではないかと推測している。精密な測定を行えば、軽い難聴はあるかも知れない が、耳鳴りに関しては内耳性ではないようである。

初発の回転するめまい発作が収束した後に続発しているめまい感は、迷路系の障害そのものではなく、姿勢を維持するための統合された制御の仕組み全体の不調として考えると分かりやすい。

興味深いのは、通常は意識されるほどではないベランダの床の外側への僅かな傾斜が過大に感じられると、体が傾いてしまうような平衡覚の違和となる が、下腿から足部のジンジンする感じが強いほどその傾斜感が強く、ジンジンがないと傾斜感もなくなるという。これは、道路を歩くと真っ直ぐに歩けずに路肩 に偏ってしまうという話にも通じる現象のようである。真っ直ぐに立ち続ける場合でも、僅かな体動揺が収束調節されずに増幅してしまうものと考えると分かり やすい。

Tさんは、下腿ふくらはぎの筋肉の緊張を解いてやるような治療で、足部のジンジンは軽減し、かつ動揺感も軽減する。また、手の合谷にやや強い鍼をす ると、頭部のぼせ感が改善すると共に足部の厥冷も改善し暖かくなり、ジンジンとした感じもなくなり、同じように動揺感も少なくなる(自宅療法の足湯も同様 の効果がある)。

◆Cさん42歳のめまい
Cさんは4年ほどにめまい発作を起こし、それ以来、めまい感と頭重・頭痛に悩まされ、2年前に福岡に転居した頃から一時期は「うつ」症状もあったとのことで耳鼻科、心療内科に通っているという。緊張しやすく心気傾向の強い方である。
初発のめまい発作の病状も程度も不明な点が多く、真性の回転性めまい発作であったかどうかは分からないが、続発しているめまい感に関しては「良性頭位性眩暈」と診断されているようだ。

Cさんの場合は、体動揺感や浮遊感ではなく、頭の位置を変えた直後(姿勢・体位が変わった直後)に「頭がフワーッとして流れる」ようなめまい感で、そのめまい感を予期し予防を試みているのか、頭の位置の固定を強く意識している様子である。
心療内科の先生は、頭(重)痛については筋緊張性頭痛と診断しているらしく、それは頭の位置固定を意識してか首筋の筋肉に強い緊張がみられることからもうなずける。

脊椎動物の前後と腹背を定め身体位置を三次元空間の中に位置づけ、また変位をモニターする装置が、前庭迷路系である。それぞれ直角に交差する三半規管と卵形嚢は、迷路を収納している頭部と重力世界との位置関係を感知し続けている。

姿勢制御にとってまず一次的に重要な頭部定位は、この前庭迷路系と視覚系による一次入力データが、眼筋頸部筋群の作業を誘導し、同時にその作業デー タと位置データが二次的な入力データとなることで、ひとまずは完遂されるらしい。姿勢制御における眼筋頚筋反射の重要性の所以である(発生的には「首座 り」、「探索位獲得」ということになろう)。

ひとまず定位された頭部は、直ちに(あるいは同時に)体躯の定位を要求し、陸棲四足動物では体肢(五本目の足の尻尾も含み)の、水棲動物では鰭と尾 のそれぞれの作業が誘導され、その作業データと位置データは、逐次的な入力データとして姿勢動作の統合に導かれる。体性姿勢反射の由来である(発生的には 「四つ這い」「お座り」「つかまり立ち」そして「一人歩き」、「運動位獲得」ということになろう)。

ところで、これだけでは単なる自動運動に過ぎないのであって、個体の意志による(と見られる)各種の行動における姿勢制御は、前述の自動運動的(反 射的で不随意的なと呼ばれたりする)な姿勢反射が、行動に向けた個体意志の統合下にありながら、かつ細部にわたっては支配されない仕組みによって完成され ているように思われる。

運動の随意性と不随意性についてはもっと考える必要があるが、大略としては間違っていないだろう。

われわれは動物は、意識し意志することなく、「正しく適合された」肢位と姿勢と動作が自ずから可能なように、自らをプログラムし、ロボット様と形容 されるようなぎこちなさではなく、しなやかな動きを実現してきた。そこに余計な「はからい」が介入すれば、まさしくロボットの様なぎこちなさが見られるこ とになる。
無心で、力まず、力を抜いていなければ、姿勢も動作もより効果的ではなく、そして美しくもない。

Cさんの場合、頸部筋の緊張と姿勢「不安」の悪循環をどこで絶てるかに治療の正否はかかっている。
真っ直ぐ正面を向き少しこわばった顔が、治療後には肩や背中の緊張が緩むとともに柔和に自然になる。
この良循環を繰り返し経験してしっかりと学習すれば、めまい感や頭痛から卒業できるのではないかと考えている。

膝痛追加
◆Mさん71歳の膝痛
前回、スポーツ選手と中高年者の運動器障害には、相似的な発症病態があるととらえ、
スネとフトモモの支持系筋群の協調性低下→膝関節の動的安定性低下→膝内半月板軽微損傷
という連鎖構図で、「癖になった」膝痛の診方を例示した「寝返りをうった拍子に同様の膝痛を発症したMさん71歳」が、また同様の発症経過をとった強い左膝痛で来院された。
今までは数日で痛みが半減していたのが、今回は左脚に加重する痛みが軽減せず、家人の勧めもあり整形外科に行って診察を受け、レントゲン写真を根拠に、関節の変形で棘が出ており、関節間隙が狭くなり、中がすり減ったための(半月板あるいは軟骨か)膝痛とされたとのこと。
M さんの「癖になった」膝痛は、外側半月板の外縁がフトモモとスネの骨に挟まれて部分的に圧潰したための膝痛と診ている小生は、下腿内側縁から深い部分の筋 肉の凝りを狙った鍼をして、かつヒラメ筋の握圧法を施し、そして背臥位自然体位で足首から下腿をゆっくりと無理なく牽引し、さらにゆっくりと自然に屈曲す る動作法を行った。
術後は、加重できなかった左膝に加重できる、歩行もなんとか可能、となる。
3回目の治療時には、午前中は立位で膝加重してもほとんど痛まぬが、午後になると次第に痛くなり、仕事を終える頃には加重できにくくなるという。
このような症状の発現現象は、半月板縁の傷が十分に修復していないところに、下肢筋の疲労(特にヒラメ筋や膝窩筋)によって膝関節の静的・動的な安定性が損なわれる結果ではないかと考えられる。

間違っても、関節変形や構成体変性が単純に痛みに結びつくのではないと思う。
どのような病態であっても、流動する機能連鎖のその相互的総合的な関係の網の目のそれぞれが原因となり結果となりうるのだと。

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膝痛とヒラメ筋 (2002/07/01)

Tさん77歳、Fさん60歳の階段下り時のアクシデント TさんもFさんも階段を下りていて膝を傷めたとの訴え。ご両者ともに自宅の階段は、中ほどで90度方向が曲がる踊り場がある階段で、同じようにその踊り場付近で曲がりかけの時に傷めたとのこと。 Fさんは、加重して歩くと膝裏に強い痛みがあり、そのために膝を曲げずに伸ばしたままで突っ張ったようにしてビッコをひいて歩いている。Tさんは膝の裏からふくらはぎにかけて痛みがあり、わずかに脚を引きずる感じ。 スキーなどで膝を曲げる時に捻りの力がかかると半月板を傷めてしまうが、このケースはこれに似た機転で生じた軽い膝関節の捻挫と考えてよいような状態と考えられる。

階段下り時の加重脚の膝が曲がる時、同側の足が膝の曲がる向きについてゆかず残ってしまい、そのため下腿(すね)が太腿(ふともも)に対して外向き に捻れた状態で膝関節に加重がかかったために、膝半月板の後ろの縁が脛と太腿の骨の間で押しつぶされた格好となったものだろう。この時に、お皿の骨が移動 する部分でも関節の袋の縁の一部がヒダとなってお皿と太腿の骨の間に挟まって傷めることもある。このような時の痛みは膝の裏ではなくお皿の周囲にある。

スキー中やバスケットボールやサッカーなどで膝が屈曲位で転倒し膝関節に大きな捻りの外力がかかった場合などでは、半月板に強い押し潰しと引き裂きの力がかかり、最悪では断裂したりする大きなケガとなる。
普 通の健康な人・状態での階段下り時にも、軽度ながらも屈曲と捻れの外力が膝にかかるはずだが、この時は半月板を押し潰される位置から後ろに引っ張る調節力 やお皿の位置を調整する力が働いて何事もなく動作は可能となっている。もちろん、一定以上の曲げ捻りの力がかかれば、やはり半月板の縁やお皿周囲のヒダは 傷んでしまうだろう。

突飛に聞こえるが、スポーツ障害と中高年者の運動器障害の成り立ちには似たところが多い。このことはあまり言われていない。

競技スポーツ選手は優れた素質をもった身体機能を鍛え上げ、その限界点に近い所でそれぞれの競技を行い、関節や筋肉を酷使する。優れた素質を持ちそ れを鍛え上げるのだから、当然その機能的な限界点は高いレベルにある。だから、少々の日常生活動作程度の「動き」では故障を起こすことは稀であろう(発症 機転によってはそれでも生じうるけれど)。しかし、高いレベルにある身体機能を高いレベルで使うことが競技なのであるから、スポーツ競技者の運動器の使用 水準は限界点に近いところにある。だからある意味では容易にスポーツ障害は起こりうる。

一方、中高年者の場合は、加齢と共に筋力(力の大きさそのもの)や動作や運動の協調性が低下しがちだ。特に協調性は、大きな筋肉の単純な筋力低下で はなく、多軸多関節性に静的・動的に調節されている精妙なアラインメント(動作や位置において最適な関節配置が調節されること)や関節構成体の配置制御を 行っている縁の下の力持ち的な存在である関節位置制御系=支持系筋群の慢性疲労や筋硬などによって損なわれやすい。
つまり、中高年者の場合、その運動器の身体機能の限界点が低下しているのであるから、日常生活動作のような何でもない動作でもその機能限界点に近い負荷になりえる。

こんなわけで、スポーツ選手のスポーツ障害と中高年者の運動器障害は、似ていると考えている。

さて、階段下り時の捻りで傷めてしまったこの中高年のお二人も、膝関節の動的安定性が低下している訳で、スネとフトモモの支持系筋群の協調性が低下 しているものと考えられる。膝の動的安定性には同時に足首の関節の安定性や柔軟性も関係するわけで、このような場合に膝を傷めるか足首を傷めるかは微妙な 差のようにも思われる。
ただ、スネのキズならぬ膝の弱点の方が少しだけ大きくて、結果として膝を傷めたものと思われる。これは、例えば、寝返りを うった拍子に同様の膝痛を発症したMさん71歳や、地下街のタイル張りの下り坂の通路で方向転換した拍子に膝痛を発症し、動けなくなってタクシーで来院し たKさん69歳のように、「癖になった」膝痛という診方で共通している。さらに共通していることは、過体重もそうである。

治療と養生の目標は、①膝関節の動的安定性の再建、②傷めた局所組織の修復、となる。
②は、多少は局所の血行促進も役には立つだろうが、決め手はその人の「自然治癒」任せになる。
①は、まずは下腿のヒラメ筋という深いところの支持系筋の親玉の慢性疲労を回復し、筋硬を解き、柔軟性と応答性を改善すること、そのためにふくらはぎの内側のスネの骨のすぐ際の深い部分に、深めの針をして握圧法(もむのではなくゆっくりしっかりと圧迫するような)を行う。
次に太腿の後ろ内側の筋肉、股関節の外後ろの筋肉、骨盤と脊椎をつなぐ仙腸関節の周囲の筋に同様の処置が必要であろう。よく言われる太腿の前の筋肉の筋力強化の訓練も役に立つ。

ヒラメ筋という筋肉は、直立二足歩行を行うヒトの屋台骨となっている筋肉で、地面に対して身体が前に倒れないように後ろに引っ張り続けているし、歩 行では地面を強くけり推進力の源となっている(これには、おなじくふくらはぎを形づくっている腓腹筋や太腿の前の筋肉も大きな力となっているが)。ほとん どの立位姿勢や平地歩行、よほどの急勾配でない限りの坂道歩行で、ふくらはぎの筋肉は圧倒的な仕事をこなしている。
それほど働いているが、自覚的 にはそれほど疲労感がない部分でもある(特に太腿の前の筋肉などに比べると)。これは、持続的な仕事に適している支持経筋群の筋肉の構造によるものだが、 潜在的な筋疲労と考えられる筋硬は相当なものである(ヒラメ筋の握圧は10人中10人が悲鳴をあげる)。

このヒラメ筋が足首を安定させてスネの骨を固定するお陰で、膝裏の筋肉や太腿後ろ内の筋肉は膝の屈伸時に関節構成体をうまく誘導制御できている。
ヒラメ筋を中心とした膝の機能論を経絡論的に考えると、足の陰の系列の経筋に一括して当てはめて考えることができる。下腿内側、大腿内側、下腹部は連なっており、その連なりに属する病症は、この連なりの中に治療部位を診立てるとうまくゆくことが少なくない。

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2014年11月23日 (日)

気圧とむくみ (2002/05/27) 

◆鍼灸の学校で同級生だった茨城の菅波先生からメールを頂いた。

膝関節の機能障害や痛みを伴う変形性膝関節症の人と、健康な人を人工気象調節室に入れて減圧実験を行った。それぞれの膝周囲に糸を巻き付けた部位の変化を観察したところ、健康な人では巻き付けた糸に変化はなかったが、膝痛もちの人では糸が皮膚に食い込んでしまった。つまり、膝痛もちの人は気圧が下がると膝周囲に浮腫あるいは腫脹がみられた。

この実験結果をどう考えるか、というのが頂いたメールであった。

◆同じような実験を、湿度変化や温度変化を加えた環境下(それぞれ他の指標は一定にして)でおこなってみたらどうであろうか。
特発性浮腫と呼ばれる熱帯でのご婦人の「むくみ」の報告は、イギリス人の女性がインドへ旅行したときにひどい「むくみ」に見舞われた、としてイギリス統治時代に記録されているという。
夏登山では、女性が全身的な「むくみ」に見舞われやすいことが知られている(高校の時、登山部の先輩の女性が酷くむくんで豚まんのようになったことが印象に残っている・・・)。 女性のむくみやすさは、基礎代謝の問題と断熱(脂肪)層が大きいこと、つまり比較的に放熱能が低く蓄熱しやすいこととの関連で考えやすいのではないか。

◆皮下組織における細静脈系とリンパ系の振る舞い(あるいは皮下組織間隙の「水」の浸潤分布)は、気圧・湿度・温度に非常に敏感に反応している。気圧の低下、湿度の上昇、温度の上昇は、皮下組織における還流系に同じように大きな影響力をもっている。
皮下組織における還流系の振る舞い、これが経絡現象の実体の一部である可能性は非常に高いものと考えている(周知の通り、リンパ流と経絡については古くから関連性が考えられている)。
一体何故に「気圧の低下、湿度の上昇、温度の上昇」は、皮下組織における還流系に同じように大きな影響力をもち、(機能低下した)皮下組織に浮腫傾向をもたらすのか。

◆「気圧の低下、湿度の上昇、温度の上昇」は、体温制御を担う皮膚・皮下組織を往還する冷媒である体液=血液・リンパ液の分布や流量の変化応答をもたらす。 体温制御は、産熱と放熱のバランスの上に成り立っており、皮膚・皮下組織を往還する冷媒である体液=血液・リンパ液の分布や流量の変化は、熱放散制御系の実働機構の重要な部分であると考えられる。
気圧の低下は、化学的には「温度上昇」と同じ意味を持ち、さらに、脈管としての組織形態が弱いリンパ系は、外圧の影響で容易に水分の漏洩をもたらし易いものとも考えることができる。
湿度も汗蒸散を左右することで熱放散にとっては大きな影響をもっている。 もし、微弱でも何らかの通過障害が還流系にあれば、その遠位部には水分の貯留が認められ、場合によっては組織内圧の亢進があり、何らかの<侵害状態>が成立するのであろう。

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器質的と機能的について (2002/05/16)

◆器質的疾患(障害)と機能的疾患(障害)という区分法がある。形態的変化に主眼を置いた疾病の見方と、機能的変化に主眼を置いた場合の見方である。 形態と機能は、物の形と物の働きということであり、二分されるような対立概念ではないはずである。物の空間的な配置構造が形態であれば、その形態がある時間構造をもって変化し織りなす様を機能と呼べるのかも知れない。細胞は形態であり、生命は機能であろうか。 だから、正確に言うとすれば、より固定的で非可逆的でマクロ的な形態変化が一定の機能障害状態を伴った場合を器質的疾患(障害)、より変動的で可逆的でミクロ的な形態変化に伴う機能障害状態が一定水準以上の状態になった場合を機能的疾患(障害)、と呼べるのではないか。 この一定の機能障害状態を〈侵害状態〉と呼ぶことにする。 東洋的なシンボル語を使えば〈邪〉ということになる。

◆鍼灸の世界では屈指の理論家だった大阪の故米山義先生は、鍼灸治療の適応判断についての考察なとで、「器質的障害と機能的障害」の区分や移行の問題について繰り返し言及されていた。その繰り返しの理由は、鍼灸の適応判断という一種の流行の議論があって、その中で器質的障害の強さが鍼灸の適応を決める云々といった、鍼灸を現代医学の中で正当に評価してもらい位置づけるための自己定義論として「器質的障害と機能的障害」の区分を強く意識されていたためと思う。 20数年前、その米山義先生らと月一回「豊津勉強会」という勉強会をしていたころ、私たちの間では既にこの流行論議にはケリがついていた。ケリのつき方は、器質的と機能的は前項のごとくマクロとミクロの相違にすぎぬということ、医療独占者の独善的攻撃と侮りさえなければ、補完的であることに劣情虚勢をもつ必要がなく、鍼灸の適応議論はもっと現実的で臨床的に実りあるものになるだろう、というものだったと思う。

◆器質的障害つまりは目で見えるほどの形態的変化、形の異常であっても、それに一定の機能異常が伴わない限りは病を構成しない。骨や関節の変形があったとしても、それが単独要因として身体の働きを阻害し、身体感覚に異常をもたらさず、生活機能に障らぬ限りは、ただの見かけ上の変形に過ぎない。いわば皺やシミのようなものであろう。 私も中等度の腰椎椎間板のヘルニア、という形態的異常の持ち主で、慢性の腰痛持ちである。臥位での睡眠も6時間が限度。これは椎間板ヘルニアを含む腰と背中の骨格の歪みと、姿勢を支えている筋肉や靱帯の疲労耐久性の臨界点なのだろう。だから、日中の運動状態によっては8時間にも延びるし、休日が続くと5時間になったりする。

◆人間長く生きてきて、変形も歪みもない、ということはあるまい。 変形も歪みもそれ自体が病気とは言えないだろう。変形も歪みも、周りの筋肉や筋に疲労を惹起しやすい構造的な弱点となりうるが(その結果という見方もあるが)、長年の生活は必ず変形や歪みに適応した生活態度や姿勢によってその弱点を消去するように働くだろう。 傍目にはびっくりするような腰曲がりでも、大きな歩行のブレを伴う股関節脱臼でも、必ずしも痛みがあるとは限らない。 だから、「びっこ」で適応していた人に、股関節の人工骨頭置換術を無理矢理に勧めて、動く範囲は広がって整形外科医は満足したけれど、当のご本人は今まではなかった痛みのために苦しんだ、というエピソードが警鐘として語り継がれたりする。

◆変形や歪みは関節や筋肉に疲労を生じさせる構造的弱点とはなり得るが、その疲労が臨界点に達し機能障害状態あるいは〈侵害状態〉が生じるには、もう少し複雑で複合的な要因連鎖が必要なようである。

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2014年11月22日 (土)

Nさんの嘔吐下痢他 (2002/05/01)

◆Nさんの嘔吐下痢
葛根湯でも過敏症状を現すN婦人とはもう15年以上のおつき合い。
小心で病気恐怖症が強く、パニックに陥りやすい方。
咽頭喉頭が弱く、風邪をひくとすぐ声がれし、咳の頻発で難儀する。01/11/26参照
そのNさん、今日は昨夜来の嘔吐下痢を訴える。
昨夜半、急に吐き気がし大量に3度ほど嘔吐する、前後して下痢も数回あり、熱発なし、下腹痛なし、吐いた時に胃のあたりに少しだけさし込むような痛みがあったが続かない。
夜半中不安で救急車を呼びたいほどであった(一人暮らしだが、娘夫婦が隣に暮らしている)。
朝一番でかかりつけの内科医を受診、その頃には軽い吐き気だけで嘔吐下痢症状なし。熱発もないが、お腹にくるカゼでしょう、とのことで吐き気止めを処方される。
その足で当院に来院される。舌は正常、腹部触診でも腸管の過敏状態はさほどない。熱もない。
昨日は「何を食べた、何かかわった物を食べなかったか」としつこく聞くが、「思い当たることはない」との返事。「Nさん、これはどう考えてもカゼの胃腸炎じゃないよ。第一わずか半日ほどでこんなにケロッとしているのは不自然だよ。絶対に何か変わった物を食べたのじゃないかね。これは一種の食傷みたいなものだよ。」と再度問いただす。
すると、「一昨日から、頂き物の好物のタケノコを結構な量食べた。昨夜は、茄子1本分を油炒めで食べた。」とのこと。

 ・タケノコは食物繊維が多く、胃に負担が大きい。
 ・ナス科の植物はアクが強い(ジャガイモの芽にも含まれるアルカロイドであるソラニン)。
 ・夏野菜は体を冷やす作用があるが、ナス科、ウリ科の食物はとくに体を冷やす。
 ・ナスの実の部分はスポンジ状で油を大量に含むことができる。

タケノコを多く食べて胃腸に負担がかかっていたところに、アク抜きが不十分だったか、油の量が多かったかの茄子を1本分も食べたことで、胃腸管が治癒反応的に食べたものを受け付けず嘔吐し下したのではないか。
吐くべきして吐き、下すべきして下している時に、「吐き気止め」はないでしょう。
せめて、健胃薬と整腸剤にして欲しいものです。

 

◆介護家族の「介護」の大切さ Tさんの例
T婦人は65歳、慢性腰痛、頸部痛・肩こり・頭痛で月に数回来院される。
数年前から実母94歳を自宅で介護している。頭はしっかりしており、内臓も丈夫、ただ足腰が萎えておりほとんど寝たきり。食事と排泄は自力ではできない。
頭がしっかりしていて姑でない分、お互いにわがままが出やすいのか、憎たれ口ばかりたたき、しょっちゅう喧嘩みたいになる。早く死にたいが口癖だが、結構しっかりと食べて元気。夜数回オムツ換えで起こされる。
介護家族の大変さは、疲労それも寝不足からくる慢性的な心身疲労が主愁訴となり、持病のような腰痛肩こりなどは背景に隠されることが多い。
ご本人の自覚は、どこがどうあるというより、とにかく「眠いし、くたびれる」と表現されることが多い。
訴えとしては背景に隠れるような、肩こり、背部のこり、腰痛について丁寧に聞き出し、探り、それを和らげるような治療に努める。もちろん、不眠への対処としての後頭部や上項への治療も欠かさない。
このような場合は、ベットの空き加減次第だが少し余分に「寝かせて」あげる。これも治療のうち。たいていはヨダレをたらすほどに眠ってしまう。
頸部や背部の治療が重なってくると、同じように夜中に起こされてもまたすぐに眠れて眠りが深くなり、疲労感が薄れてくる。身体的耐久性が増して疲労感が薄れてくると共に、心にも余裕が少しずつ見られるようになる。
全面に現れている訴えが「心の疲労」と考えられる場合でも、例えばカウンセリングのような臨床心理的なアプローチが無効だとは思わないが、「身体の疲労」を改善してゆくことで「心の疲労」も改善されると考えている。
そして、身体の疲労と心の疲労の架け橋になっているのが「睡眠の質」ではないかとも考えている。 

◆腰の捻れ曲がりのHさん
70歳のご婦人Tさんは、今時少なくなった腰曲がりである。昔は農夫病とも言われた腰曲がりは、屈む姿勢を長時間 する農作業が長年にわたって負荷されてきたことのツケである。近頃は農家でも機械化が進み、屈み姿勢作業が少なくなったせいもあり、腰曲がりの人を見るこ とは少なくなった。そう言えば、同じように膝の変形が強い人も少なくなった。
Hさんは腰痛、膝痛、肩痛の訴えで来院された。腰は曲がるだけではな く捻れており、歩容は肩を揺すって相撲取り風である。腰痛の具合を具体的に問診していくと、訴え方の程度と実際の生活動作の障害度の間にズレがある。何度 も何度も確認するが、痛いという割には炊事洗濯(まだ現役の主婦である)の困難は少なく、1年ほど前から始めたプールでの水中歩行の効果だと自分で言うほ どに歩行は最近楽になったとのこと。
では何で腰が痛いと訴えて来院されたのか。
腰曲がりも捻れも、見かけほどは痛みは少ないものである。ただ、姿勢や動作の耐久性に欠けて、同一動作の連続や姿勢の保持には難儀することが多い。
H さんは、農家にお嫁にきて初めて農作業を精一杯やった。お姑さんは厳しい人だった。夫が庭石の売買を始めたとき、Tさんがトラックの運転免許を取って石の 運び出しに精を出した。ご近所の人によると、誰もが「Hさんは若い頃から、皆が感心するほどよう働いた」という(ご近所さん数名の紹介であった)。
訴 えの程度と実際の生活動作の障害度の間にズレがあることをしつこく聞いていたときには、少し険しかった表情が、「若い時の労働の厳しさのツケ、勲章です、 恩給なんですよ、この腰は」みたいに話しかけると、とたんに柔和になる。なるほど、わかって欲しいのだ、この腰の由来を。
人は、病や障害の加害責任がはっきりしている、と感じているとき、それが悔やみや憎しみや嘆きのようなマイナス感情につながると、病状は固定し増悪し、理屈に合わないような矛盾した状態を呈することがあるように思う。
H さんの場合、若いときの労働の厳しさに耐えて家業を支えたことはもちろん誇りである、けれど「こんな腰に誰がした」という負の気持ちもゼロではないのだと 思う。若いときの苦労が、ありがたくはないけれど「勲章、恩給」じゃないかと、少しでも正の方向に昇華されれば、正味の病状に向き合えるように思う。
事故の場合の昇華の方向性は、もちろん「命があってよかった、これ位でよかった」であるが、加害責任が明確なほど恨みの感情が諦められることは難しい。
Hさんに、この腰の捻り曲がりの変形は、「疲労」を来しやすい条件の一つであり、現在訴えている腰痛の直接の原因ではないこと、大事に上手に身体を使い、より疲れにくい足腰を造れば、あと20年は大丈夫じゃないか、と説明する。
Hさんは、こんな説明は聞いたことがない、変形=腰脚痛とされてきたと少し納得した模様。
現在、今のところ満足気で週2回の「メンテナンス」に通院中である。

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2014年11月21日 (金)

筋肉の5月病 (2002/04/16)

◆筋肉の5月病
正確な統計などでなく印象としての話。
春先5月と秋口10月頃には、寝違いあるいは筋違いに類する筋肉の変調症状が多く出現する。
これを私は、筋肉の5月病と呼んだりする。
寝違いを中国では落枕(らくちん)と言うらしいのだが、まさに枕を外してしまい首筋を痛める寝違いの様子を言い得ているようだ。
先週来院された患者さん、Aさん[年に数回、主に首の痛みで来院、首の筋違い様の痛み]、Yさん[週1回健康管理的に来院されている、肩胛骨の間の筋違い]、Hさん[初めての鍼治療、腰の筋の痛み]、Sさん[週1回、65歳にして更年期障害様の症状で来院、腰の筋の痛み]、Tさん[めまいで週1回来院、肩と首の筋の痛み]、などなど連続して「5月病」の患者さんがあった。
今年は例年より10日以上も季節進行が早く、はや「5月病」の出現となっているような感じ。

筋肉の5月病=筋違いは、陽明あるいは厥陰と呼ばれている陰陽二相(つまり冬夏の)の転換期の後半によく見られる症状で、筋肉の中の微細循環が何ら かの不安定な状態となった時期に、冷たい風にさらされたり、不自然な姿勢や動作で筋が伸ばされたりした時に、筋肉の繊維の鎖のような連鎖がある種「絡まっ た」状態となって生じる、と考えてみる。
絡みついた筋を無理矢理に伸ばそうとすると、痛みを生じ、その痛みのため筋肉はまたもや不自然に収縮してもっと絡まってしまい、ついには「ひん曲がった首や腰」を演出してしまう。
こ の理屈は、ふくらはぎの痙攣で無理矢理に筋を伸ばすと強い痛みが残るのに似ているが、首や腰の筋肉は、筋肉の中でも特殊な役割と機能を持っているためか、 ふくらはぎの筋肉の場合は筋肉痛様の痛みが残るだけなのが、首や腰の筋肉は姿勢反射が強力に働いて姿勢を維持しようとする自律的な働きと、痛みを回避しよ うとする意志的な働きのジレンマに陥って、ついには「ひん曲がった首や腰」を演出してしまうのではないだろうか。
寝違いでも強度になると、背骨の関節の捻挫様の状態にもなるし、1週間10日でも改善しないこともある。
とにかく、痛みと痛みを回避しようとする働きがこんがらがると、強度の筋違い現象が現れる。
普通は、1週間もほっとけばそのまま自然にでも回復するが、それでも直らない「悪循環」の要素があると、かなり痛い思いをすることになる。
陽明や厥陰の後半になぜこのような筋肉の病態が生じやすいのかは、筋肉の中の微細循環が季節変動で何らかの不安定な状態となった、という位の仮説で考えている。

◆脊柱管狭窄症で馬尾神経痛が強いOさん
いよいよ末期的な痛みと痺れ症状で眠れぬ夜が続く。無力であるけれど、不安にどう立ち向かうか、受け入れるか、その一点に的を絞っての治療が続く。
標準体重をかなりオーバーしているので、かかりつけの外科医(内臓外科)は、手術を勧めない。私は、やってみる価値はある、手術後もシニアカーを使う、ということで何とか生活はできると説得するが、これでは普通の話とはあべこべである。
シニアカーは危険である、あんなもので公道を走るのは迷惑、などなど本人の生活の幅を狭めるような周りの無責任な発言に、当人も怖じ気づく。
80歳にして電動車椅子で天神まででも出かけ、社交ダンスにうつつを抜かす猛者Yさんを見習え、との声もなかなか届かない。
今度の日曜日に、近くの中古シニアカー売り場に連れ出したいと思っているが・・・・・・
どんな場合でも、どんなに制限されているケースでも、それなりの快適さを得ることはできるはずで、その状態が痛くて不満足であっても「それなりに」生きていけるのだから、それ以上の不安を妄想する必要はないのだが、不安にさいなまれる。
「いざり」になっても「いざれば」いいのではないか。と、夫君もはげますし、私もそう思うけれど。

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2014年11月20日 (木)

季節の移ろいと生命の適応について (2002/03/25) 

◆季節の移り変わりと人体・生命の適応の関係について考えています。

      四季の移ろいは、地球を中心とした太陽の通り道=黄道の円弧の分割として配当されます。
      我々の住む風土の緯度帯では、大きく春夏秋冬の四つ、赤道や極に近くなるほど夏冬の二つで一年は区分されることになります。
       夏冬は陰陽の二分割ですが、四季はそのままでは東洋思想のもう一つの分類法である五行(木・火・土・金・水)に配分するには無理があり、緯度帯によって 「盛夏」などが分けられたりします。五行の考え方は、円環する時間を区切る分類としては少々無理があるようです。
      その点、三陰三陽の六分割は太陽の運行に基づく暦法に、より合致するようです。
       
      三陰三陽(陽明・少陽・太陽・厥陰・少陰・太陰)の区分法の起源については諸説あって、五行より後代に案出されたものであるとか、その命名や順序にも異同があったりするようです。
       
       円がなぜ360度なのか、一年がなぜ12ケ月なのかは、当然ですが天体-太陽-運行に関係があるようで(1ケ月が30日なのは当然ですが月の運行に関係し ますけれど)、12進法と太陽暦の起源はともに古代中東にあるようですから、少なくとも円の分割法としては、5よりは6ないし12の方が生活実情に数理合 理性をもっていたようです。
       
      生物、特に動物とって温度・熱管理は、細胞代謝の基本中の基本事項で、その生命細胞の温度管理は、外界自然の四季気象に最も大きく依存しています。
      生き物の仕組みは、①温度・熱管理の仕組み、②エネルギー摂取と利用の仕組みに大別されると考えてみることができるほどです。
      体内温度の維持は、熱を造る熱産生熱と熱を逃がす熱放散・伝導と汗蒸散が、外界の環境に応じて巧妙に仕組まれて実現しています。
      生体の温度は、肝臓や脳や筋肉を熱源とし、血液が冷媒で皮膚は室外機、冷却のためのターボ装置としての汗の蒸発などによった極めて優秀な空調システムによって一定に保たれています。
      
      エアコンが冷房と暖房両用に使われ、スイッチ一つで切り替わるのに対して、生体空調機は寒暖の切り替えに一定の準備と順応の時間を必要とします。
      六分割された二ケ月分が生物が季節変化に追随するための準備順応期間だと仮定すると、主に冬・寒から夏・暑(またはその逆)への生体機構の再編時期が言うまでもなく更衣の候である「木の芽立つ」春先と「葉落つる」の秋口なのです。
      
      古書によれば、太陰太陽暦である旧暦の3月4月が「陽明」の時期とされているそうですが、これは現暦では4月5月となって、九州の地方風土ではいささか実情に反してしまいます。
      ここは、太陽の運行を主に考えて啓蟄から立夏前までを「陽明」に配当できると考えましょう。
      (結局、暦は天体運行を主因とする四季を当地の緯度・風土によって補正されるべきだということです。)

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理論的事実?と経験的事実との矛盾 (2002/03/25)

還暦を迎えたOさんは、30年来ガンマGTPの検査数値が3ケタもあり、重度の肝硬変となる予言を特に肝臓の治療もせずに裏切り続けて肩こり腰痛以外は元気にすごしておられる。

86歳のSさんは、お彼岸のように年に2回ほど来院されてるが、更年期50歳頃から血圧が200/100近くあり、降圧治療も特にせずにピンピンしておられる(びっくりするような高血圧で治療せずに元気な方には、Mさん、MUさん、Kさんなど少なくない・・・・降圧治療が不要などというつもりではない)。

中性脂肪値がびっくりするぼとのTさんMさん、コレステロール値が高いYさん、いずれも食事療法も薬物療法もせずに80歳近くて運動器症状以外は元気元気。

70歳代後半のOさんは、数年来血糖値は境界値だがGヘモグロビン値というのが2ケタに近くて、いろいろ脅かされているが、眼底検査などでの動脈硬化指数は少な目。馬尾神経障害を高血糖に結びつける内科医もいるようだが、これは椎管内障害によるもの。

72歳のSさんは、10年来肝機能障害ということで週3回の注射療法を受けておられる。が、GOTなどの肝機能障害の指標とされる酵素は2ケタ半ばから3ケタを推移しておられる。自覚症状は全くない。

50歳代前半の友人のM氏は、20年来中性脂肪・コレステロールが高く、慢性膵炎の持病持ち。その氏が急激な体重減少で医師を受診すると、血糖値・Gヘモグロビン値とも検査メータが振り切れるほどの値の重度の糖尿とのこと。

早期発見・早期診断・早期治療は、現代の医学によらずとも医学理論の基本にある。何事も早めに手を打つ方がよい。

上記の各種の検査値の標準値(正常値域)は、統計(集団観察による確率分布の線引き)によって枠決めがされているから、その線引きから外れた正常な のに異常な検査値を現すケースが例外事象として存在するわけで、その例外が理論的には大きい目・少ない目併せて2割ほどあるとかされている。
しかし、個々の個体、一人一人の人間が例外なのかそうではないのかというのを、短期的に決めるのにはかなりな困難があるはずである。

医学理論的事実?とされる事象があったとして、それが注意深く時間をおいて観察された経験的事実(臨床症状や微妙な観察事実)との間に矛盾するよう であったら、とりあえずは要注意観察下において「養生」を自覚してもらい、積極的侵襲的な「治療」は観察次第としてはどうだろうか、と思うことがよくあ る。
予防的な投薬や治療は、不安が高じること煽られることの中で乱用されかねない。
素朴であるが、経験的事実をより優先して判断することが必要ではないか。

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2014年11月19日 (水)

冷えのぼせ (2002/03/18)

このところ「冷えのぼせ」に関連した患者さんに目が向いています。
「冷え」症(各所の冷え、のぼせを伴う冷えなど)の統計によれば、春先と秋口が最も冷えの訴えが多く、春先は秋口の三倍ほどはあると、先日の講演会で知って納得した次第(単に不勉強の故ですが、長崎の長戸先生はお医者にしては上等で機微を直覚される方でした)。

生命活動の基本を「熱交換あるいは熱平衡、総じて熱管理」と考えると、東洋医学の見方が少し納得がいくものとして見えてきます。

冬型から夏型への熱管理のシステムの変更に伴う混乱擾乱が、「木の芽立ち」の春から初夏の不調と、「葉落つ」秋口の不調の基盤にあります。
低血圧傾向に注目して「春先体調不良症候群」などと呼んだりしていましたが、血圧傾向に関わりなく「気の偏在」による各種の不調と考える方がより実際的なようです。

喘息、リウマチ、神経痛、鼻炎(花粉症も)、めまい・耳鳴り、頭痛・頭重、不眠軽躁などなどは、春先の大気陽気の上昇が、血圧傾向などに関わらず身体陽気の上亢上衝をもたらし、頭熱足寒-上熱下寒-上実下虚などという身体熱分布のアンバランスとなっている状態がそれらの発症基盤となっています。

ここ数年、通年で更年期もありメニエル様のめまいを訴えるTさん、高血圧症のMさん、おなじく高血圧症でめまい頭痛が持病のMさん、坐骨神経痛のSさん、喘息のAさん、偏頭痛もちのUさんYさん・・・・・
きりないほどにこの時期に来院されるみなさんは、春の陽気への不適応症状がでていると考えられます。

足部(指先、足甲、足裏、踝の周囲など区分すると少しずつ病態が違う様子もあります)の厥冷(けつれい)感があり、鼻粘膜の充血傾向(特に午前中)などがあります。

※厥は、原義は曲刀を意味し、桀・曷に通じ強暴さや荒々しさの義をもっている字。「猖獗を極める」の獗も同類。それで厥冷の用法は、ただ単に「冷えている」状態ではなく、「冷え」として強く自覚される、というような使い方。

このような病態は、陽気が上半身(特に胸から頭部に)に上衝(じょうしょう:上って衝く)するに伴い、下半身に陽気の不足が生じる結果と考えることができます。
これは、元々に陽気が不足がちな人でも、多すぎる人でも同様に起こりうる事態です。
こういう意味での「のぼせ」は、低血圧傾向の人にも生じるわけです。
また、元々に呼吸器・肺系統に弱点を抱える人、胃腸系統が弱い人、心気傾向が強い人、なとなどの身体傾向(体質といって良いのですが)によって、この種の「のぼせ」が現す実際の病症にバリエーションが出てくるようです。

養生治療は、足部が暖まる(暖めるではなく)と、おどろくほど気分が良くなり、それぞれに固有の病症も軽減していきます。
しかし時候としての陽気への反応という側面から言えば、基本的には3月と4月(仲春と晩春、旧暦2月3月)が陰陽転換期となり、陽気擾乱が生じやすく、拡張すれば夏も仲夏つまりは6月頃までは「のぼせ」は繰り返し生じてしまいやすいものです。

足部を暖めるではなく、足部が暖まるような養生治療には、上半身の陽気を降す、具体的には手の陽明経と言われる経絡のキーポイントになる要穴、合谷を使うことが基本となります。
合谷に針を刺して数分とたたぬうちに足先あるいは踝が暖かくなってきたらしめたものです。
(足先の温もりは心気傾向と、甲や踝の温もりは臓器傾向と関連が深いようです。)

東洋医学の五行陰陽のシンボリズムは、まさに生命=熱管理のシステムとリズムとして考えると納得できるものがあります。
大まかにとらえると、五行は空間分類、陰陽は時間分類です。
陰陽をさらに三段階に区分すると、陽明・少陽・大陽・厥陰・少陰・大陰となり、四季配当の二十四節気の四節気分つまり二ヶ月が一つの気候生理学的な時間単位となるようです。

二十四節気:立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨・立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑・立秋・処暑・白露・秋分・寒露・霜降・立冬・小雪・大雪・冬至・小寒・大寒


 

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2014年11月18日 (火)

寒冷曝露と神経痛の増悪から考えること (2002/02/04)

◆腰椎椎間板ヘルニアの持ち主で症状がある人には、
 ① 腰痛(臀部も含む)だけの場合、
 ② 坐骨神経痛だけの場合(ほとんど腰痛はない)、
 ③ これらの混合型などがいる。
ヘルニアの出ている場所、出っ張り具合、ヘルニアが出てしまった椎間板組織の「傷」の状態などなどの様々な要因によって、腰痛が主の場合と、坐骨神経痛が主の場合などのタイプがあるのだと考えられる。

◆坐骨神経痛が主症状の方の場合、脚部が冷えると神経痛発作が誘発されたり、神経痛が増強されたりするのだが、なぜ脚部を冷やすと神経痛が出たり増強したりするのかについての説明には納得できるものがあまりない。
多くの場合、血液循環が寒冷によって鈍化してしまうから、などといった説明がされている。神経(束)が傷害されている部位が腰椎周辺部だとすると、脚部を冷やすとなぜ腰部の血行が阻害されてしまうのかが説明されないといけない。腰が直接冷やされれるのであれば話は簡単だが?

① 風呂上がりに坐骨神経痛が増悪すること
② 風呂上がりに下肢に「打ち水」をすると神経痛の増悪が抑制される(ことがある)こと
③ 下肢が寒冷に曝され冷えると神経痛が増悪すること
④ ふくらはぎの外側の坐骨神経の枝部位の神経に、直接到達するような圧迫や灼熱や電気などの刺激を加えると、即座に痛みが和らぐことがあること

これらの現象を、 「神経痛は、腰椎周辺部などで神経(束)が圧迫・絞扼され、神経(束)内のリンパ流や血流が阻害されて同部の周囲で鬱滞し内圧が上昇してしまう”傷害状態”が生じることで発生する」 とする仮説から統一的に説明できないだろうか?

◆この仮説から、下肢の冷却が神経痛を増悪させることの説明は、 下肢に走る坐骨神経の束の内部の循環量(血流もリンパ流も含め)が、寒冷曝露によって低下すると、より中枢側の”侵害状態”が生じやすくなっている隘路部では動脈性の鬱滞=充血によって内圧が高進し、”侵害状態”が生じて発現するのではないか、と想定できる。

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お腹にくる風邪の手当他 (2002/02/04)

◆先週のこの冬一番の冷え込みで腰痛坐骨神経痛が悪化したようです。
先週前半の冷え込みはこの冬一番だったようで、「ガラスの腰」の持ち主Yさんなどは、腰も下肢もとても痛んだようです。
太ももやスネが痛む坐骨神経痛の場合、実際に神経障害のある場所は腰部です。
普通の整形外科的な説明では、脚を冷やすとなぜ神経痛が増悪するのか理屈がつきにくいようです。
でも、事実として、下肢を冷やすと神経痛は悪化しますし、お風呂で暖めた後にはしばらく神経痛は増強します。
ディスクワークが主のYさんなどは、冷える時期にはアルミホイルでコートした段ボールを靴の下に敷く、靴の中敷きにもアルミコートされたものを使う、靴下の中に唐辛子を入れる、レッグウォーマーなどを使用する、などなどの足脚の冷えを防止する方策をいろいろと工夫することが大切。
ツボでは、ふくらはぎの少し外側にある「飛陽」というツボがとても効果的。

◆お腹にくる風邪の手当について。
急性胃腸炎を伴うウイルス性の風邪は主に小腸を傷害するようです。
下痢や嘔吐で腸管内の内容物を排除し、胃痛や吐き気で飲食を妨害することは、胃や腸管内を空っぽにして安静をとるという目的にかなった身体の自然な振る舞いだといえます。
身体壮健で胃腸が丈夫なMさんは、そんな胃腸からの異常信号に気づくのが遅かったようで、朝食・昼食ともに普通に食べた後で気分が悪くなったとのことで来院された(前週には鼻風邪の様相だった)。
聞くと、朝と昼に普通以上に大量の排便があったとのこと。お腹はペコンと凹み、腸管の動きが鈍く、吐き気あり。血圧は低下傾向で顔面蒼白で冷や汗あり。舌は白い苔に覆われ、口臭あり。微熱。昼食から三時間ほど経過している。
便は出きっているとしても、昼食の内容物がまだ胃に残っている。嘔吐を促す推吐法によって胃の内容物を出しきることが必要。
「中かん」のツボに鍼をして五分とたたぬ内に大量に嘔吐。これだけで気分良好となり血の気が谿う手のツボと脾兪に鍼をする。
何も食べずに寝ること。明日もお粥ていどの食事だけにしておけば大丈夫。
翌日午後来院されたときには、お腹がすいている以外は問題ない、とのこと。熱発は七度前後あったとのこと。
「二三日絶食して痩せませんか」とからかったが、Mさんほど胃腸が壮健でない人ならば、おそらく朝食後には胃痛があったりしていたはずで、その時点で異常に気づいていたであろう。
普段丈夫すぎると、実際の病状の進行と症状の自覚に時間差が大きく出てしまうことがある。
小腸の傷害につける薬はなくて、安静が一番、つまり食べないこと。固形物はもちろん液体でも胃に入ると反射的に腸が動き出して、しばらくはお腹が痛む(疝痛)。これは、「静かに大人しくしてくれ」と腸が悲鳴を上げているのだと考えてよい。

◆「のぼせ」からくる頭痛や肩こりについて。
人間関係や行事などでトラブルめいてくると、とたんに血圧が上がり頭痛がし肩がこってくるご婦人Tさん。
更年期はとうに過ぎているが、いわゆる「のぼせ」症と考えてよい。
「のぼせ」症には、顔面頭部に上気症状(熱感・汗・重感など)と手足の冷えがセットになってくる場合が多くある。
これは、イメージ的には身体上下の熱の配分バランスが狂っている状態と考えることができて、単純に下に熱を誘導して引いてやればよいことが多い。
自分で簡単にできる方法は、足湯(バケツにやや熱目のお湯を入れて足を浸ける)や半身浴、「気」を手足から散ずるための体操-つまり散歩、そして、「合谷」の指圧、などがとても効果的である。
直後から頭がス~ッとして落ち着いてくること請け合いである。
もちろん、鍼治療の方がもっと効くけれど!

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2014年11月17日 (月)

胸椎に入る風邪他 (2001/12/17) 

◆11年来、喘息と馬尾神経痛(主に臀部の痛み)で診ている○さん。
間欠性跛行(一定の距離・時間歩く・立つと、歩行と起立に難儀し休息で回復するような状態)がいよいよ強くなってきた。100メートル歩くのに数度休息が必要の様子。
椎間板ヘルニアで二度の手術を行った×さんも同様の間欠性跛行が強く、ここ数年は外出は電動車イスのお世話になっておられるが、少々の雨でも出かけるし、天神まででも行ったことがあるという猛者。
○さんは×さんを時に見て、夫君の不具合も重なってご自分の行く末の姿を悲観される。そんなふうでストレス性の消化器潰瘍の傾向も出ている。
症状変化の余地が少なくなってきていることは、構造的な要因が強く固定しつつあるということを意味していよう。

◆友人M先生の円皮針経験。
十数年来、毎週熊本の父君の元に眼病の治療に通われている(父君の治療もという噂もあるらしいが私はそんな話は信じていない)M先生の話。
M 先生の父君は、古武士のごとき豪傑でエピソードも数知れずであったらしいが、ここ十数年緑内障と白内障を患って独り歩きにも難儀されていた。週一度、M先 生の鍼と灸の治療を受けていた成果もあってか、失明スレスレところで小康を保っておられたが、今年になって眼圧の上昇が急なため手術をされた。
モッコスが嫌いらしい割に頑固で保守的な傾向もあるM先生は、鍼灸治療についても自分の感覚に忠実で新進の風に少々欠ける所がある。新進が先走りすぎる小生と足して二で割ったらよいほどである。
そ のM先生が、テープ付きの円皮針(皮膚内に1ミリほど入ってテープで固定する、いわば押しピンのような針)を使ってみて、お灸に似た効能があるとえらくお 気に召したらしく、父君の治療にも使われた結果、「小さな字が読めるぞ」と父君から夜の電話報告を受けられ、それをM先生から深夜にうけたまわったという 話。

◆胸椎に入る風邪
先週は、小生が「胸椎に入る風邪」と名付けている症状を訴える方が四人もいた。
ちょうど肩甲骨の間の背骨の深部に鈍い痛みがあり、大きな息をすると胸に響くようなイヤな感じがする。胸椎(胸のエリアの背骨)を手拳で叩くと、ズンと痛み時に胸に響く。
先駆症状としてカゼのような寒気を背筋に感じたりすることがあるが、自覚していない人も多い。
寝違えのような筋肉の病態が、胸椎周囲の深いところにある筋肉にあるのではないかと推測している。

◆風邪の後に長引く咳
70代半ばの女性。今年だけでも普通感冒の後で一ケ月以上も咳に悩まされること三回(それぞれに内科での検査は受けている)。針を怖がる方で咽喉刺は敬遠される。
今回は風邪の引きはじめに意を決してご自分から咽喉刺をご所望されるが、恐怖心がある人には円皮針だけとする。週三回の咽喉刺が効いたのか、風邪も長引かず咳もほとんど出ない。円皮針だけでもそれなりの効果がありそうだ。

◆糸月の見ごろ
本日の夕方6時半頃、西の空低くオレンジ色の糸月が落ちていくのを眺めた。月齢は2.6ほど。三日月とまで行かぬほんとに糸を引くような妖しい色目の月である。
明日あたりで仏さんの眉月、明後日あたりで絵に描いたような三日月だろう。
夕方に西の空をゆっくりと眺めるような暇はなかなかとれぬものだ。
今週は何かと忙しくなりそうである。

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2014年11月 9日 (日)

更年期とめまい他 (2001/12/10)

◆めまいを訴える更年期50代の女性○さん 10年来、季節の変わり目ごとに肩こり、頭痛、腰痛、めまい感などで来院されている方。以前から肩や首のこりが高ずると頭痛・頭重と共に軽いめまい感(浮遊感)に見舞われている。 小柄でよく身体が動く働き者。ここ数年は「楽をして」仕事はしていない。そのためもあってか少々太り気味。 昨年より閉経に伴って「冷えのぼせ」症状がひどく、婦人科でホルモン補充療法を受けている。 女性ホルモンが急に減ってくる時期には、全身の筋肉の硬さが増してくる。筋緊張性の「こり」とは違った印象がある。特に背部から肩や首にかけての筋肉が硬く、一般的なこりの処置では効果は一時的でなかなか頑固である。 男性でも更年期に該当するような時期の人には、似たような筋肉の硬化現象が見られたりする。 甲状腺(副甲状腺も含む)の病気の場合などでもやたらに全身の筋肉が硬くなって、通常の「肩こり」とは違った印象をもった「こり」現象が見られることがある。 骨格筋は、女性ホルモンなどによってその性状がかなり変動するようで、単純な緊張性・疲労性・神経筋性のこり等とは異なった病態をもっている。従って養生や治療も「こり」の部位に注目するより、より全身的な要素が大切である。

めまいの病態は、つきつめれば内耳の自律神経失調症と考えて良いのではないかと思われる。メニエル氏病にせよメニエル症候群にせよ良性頭位性にせよ、平衡機能を調整する内耳とその周辺に病の巣がある。
全身的な要因としては、末梢循環の変動である「のぼせと冷え」による頭部の血液分布のアンバランスその変化の大きさが引き金になる。
漢方的には、水分の停滞という見方もできるようである。
局所的には、耳の後ろから後頭部にかけての首筋の「こり」に着目すべきである。
生活上は、なんと言っても睡眠につきる。これは、睡眠時間ではなく、熟睡の時間というべきで、藤野先生曰くの「脳疲労」を改善するような深い眠りができているか否かということになる。不眠=脳疲労→内耳の自律神経失調症→めまい、という単純な図式も間違っていないだろう。
メ ニエルの大家とされる福岡のS病院の耳鼻科の先生は、「精神安定剤漬け」といってよいほどの処方をされて揶揄されかねないようだが、どんな方法でも良いか ら「眠らせる」ことは基本的には良いことだと思う。もっとも、そこに至る過程で養生の観点が希薄で、ただ薬圧で圧倒するだけには疑問もあるが。
そして最後にもっとも重要な要因と考えられるのは、やはり心の問題であって、この場合も「不安」がめまい症状を倍加し固定し難治化させるのではないかと思う。
軽 いめまい感が、更年期の循環器神経症的な動悸や胸部圧迫感、のどの閉塞感などと前後して発現すると、一気に切迫的な恐怖症の様相を示し、やがてパニック的 な発作を起こし、そのパニック的な体験は心に深く記銘され、平衡感の感覚の軽微で微妙な変化ですら発作を「予知」させるようになるのではないか。

◆首の短い人は頸部神経痛
俳優の西田敏之が頸椎椎間板ヘルニアで手術したという話を、件の患者さんから聞かされて、「あの人も首が短いでしょう」と二人で納得しあう。
美容室で仰向いて洗髪する姿勢も、該当するような体型の人にとってはとても危険である。

◆首の寝違い
大方の痛みが取れても、あと少し肩から首の横筋にかけてツッパリが残っていた女性の場合。肘の下方で手のひら分ほど小指に向かった骨の際、支正というツボに鍼をすると直後に首から肩にかけての横筋のツレがなくなる。

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肥満の改善なしに膝痛が改善する訳 (2001/12/03)

◆膝痛を訴える標準体重15キロオーバーの女性○さん
40台前半のこの女性は、甲状腺腫の切除手術後ここ数年体重が身長換算体重から15キロほどオーバーしている。何らかの代謝異常も考えられるような太り方。
半年前からパートで保母の仕事に復帰している。
一ケ月前、子供を抱いた姿勢で床近くの低い場所の物を操作したときに左膝を捻り、それ以来左膝のお皿(膝蓋骨)周囲に動作時に痛みがあり、子供の世話をするのにも困難を感じている。
近くの整形外科では、減量と保母の仕事を休んではとされ、鎮痛薬を処方される。保母が不足がちで休みにくいとのことで来院される。
10年ほど前から時々診ている患者さんで、久しぶりに拝見して肥満の程度に少し驚いたが、本人はいろいろと減量法も試み、食生活にも気をつけている所からすると、何らかのホルモンバランスが体重増加の一因かも知れない。

小さな子供を低い位置から抱き上げる時には、膝を上手に使わないと腰も痛くなることはご本人も自覚されており、今回の「ケガ」も十分に腰を落とさず半身の形で膝を捻りながら曲げたことが直接要因と考えられる。
膝 関節の捻挫などの「ケガ」で軽度のものは、関節内障害略して「内障」と呼ばれたりする。本式に靱帯や半月板の一部が破損したり断裂したりするほどの「ケ ガ」ではないが、半月板の「縁」や関節の袋の一部は「捻りながら曲げる」動作を行うと、関節部やお皿の間に「挟み込まれて」損傷してしまうことがある。
特にお皿の骨の周りの組織は、大きく屈伸するときに大きく移動する皿の骨と股の骨の間に「挟み込まれ」るような状態になりやすいようだ。
運動軸が1~2本の関節(ちょうつがい)では、どういう場合でも「捻りながら曲げる」ような複合連続動作は、関節の内部とその周辺部の「装置」を破損してしまう危険性がある。

この女性も、直接的に傷めている部位はお皿の内側の下縁付近であり、そこの生じている「キズ」がふさがり丈夫な組織に修復しなければ痛みは無くならない、ということになる。だから、安静と休養は第一条件であろう。
減量の意義は、屈伸時に膝にかかる荷重がより少なければ関節とその周囲への無理が少なくなる、ということでこれも条件の一つであることには違いない。
だがしかし、問題はもう少し複雑であって、下肢の筋力、脛とふくらはぎの筋肉の柔軟性=>足首関節の柔軟性と耐荷重能力などについても検討する必要がある。
(膝痛とふくらはぎ 股と膝と足の「並び」 の項参照)
この女性は、ふくらはぎの深部(内脛の骨のすぐ際から深くに触れる)の強い筋肉の強ばりを解いてやることで、「体重はそのままで」「大して休養もとらず」に膝痛は半減し、週1回4週ほどでほぼ仕事中の痛みは消失した。

ふくらはぎの深部(ヒラメ筋とか足底筋など)のこわばりは、万人共通といえるほど誰もが硬く、「握圧」すると飛び上がらんばかりの痛みを示す。
私の理論、「支持系筋のこわばりとその改善」の仮説は、関節内障害であっても関節炎であっても関節周囲障害であっても同様に養生と治療の基礎理論になると考えている。

◆猪首の×さんの頸腕神経痛
障害が軽度で治療も早かったこともあり順調に回復している。
このような神経痛の場合、首→肩→腕→手の順に症状が出現し、同じく首→肩→腕→手の順に症状は軽減し消失していく。つまり、この方の場合、手の甲の痛みとシビレ感の改善が最も遅れ、感覚のマヒが最後まで残る。
治ゆした後も、正月に向けての高所での大ばさみによる剪定作業は、今年は止めた方が安全である。

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