神経痛・・・・生理学のおさらい (2003/03/23)
「痛み」は特殊な知覚体験である。
視覚、聴覚、体性感覚(触覚、圧覚、温度覚、痛覚)、味覚、嗅覚の5種類の感覚系が検知した感覚情報が一定の水準以上に達した場合、つまり感覚を惹起する刺激が個体を危機に陥れるような「侵害性」(生理的な)を帯びた場合に広義の痛み感覚が生じる。
これに対して、狭義の痛み感覚は、主に体性感覚(温度覚、触覚、圧覚、痛覚)に加えられた生体を損傷する可能性のある侵害性刺激によって生じている。
一般的に痛み感覚として論じられているのは、この後者についてである。
痛み感覚は、その生理的侵害性が過去の体験と照合され、個体の生存を危機に陥れるものと解釈され、いわば心的に侵害性が認知されて初めて「痛み」として知覚される。
痛みと苦痛の違いはこの辺りの事情に淵源があるわけで、そこに個人差つまりは主観性という修飾作用を受ける「痛み」評価の難しさがある。良く知られているように、予後経過への不安の有り様が「痛み」を大きく変化させる。
われわれは、手技施術を行う治療家・術者である前に、痛みはあるが苦痛ではないと病者が認識できるような、それなりの「安心」を与えられる存在としての医者でなければならない。もっとも、現実に成果を上げている鍼灸家は、常にそのような医者存在として、病者の苦痛を緩和し、その術によって痛みレベルに対処しているのであろうが。
体性感覚の伝送の経路は、受容器、一次神経細胞(末梢神経)、二次神経細胞(脊髄)、三次神経細胞(視床)を経て大脳皮質(感覚野・連合野)に達する。一般に単一の神経細胞(繊維)内での信号の伝わり方は伝導、神経細胞間のそれは伝達、そしてそれらを括って伝送という用語が使われている。
外界のエネルギー(物理的なあるいは化学的な)は、受容器に刺激として作用しそこで電気的なエネルギーに変換される。刺激の強度は受容器の電気エネルギーの大きさ(受容器電位の振幅)に写し取られる。受容器電位が一定の水準(閾値)をこえると、接続している一次神経細胞の末端にインパルス(活動電位)が生じる。インパルスの発火頻度は、受容器電位の振幅にほぼ比例している(アナログ-デジタル変換)。
神経細胞は、一定の持続時間と振幅をもった1種類の活動電位しか発生しない(全か無かの法則)。つまり、神経系は情報論的には1ビット(0か1ということ)の信号を伝達できるだけである。神経系がこの0か1かの信号を意味あるデータとして情報化するには、インパルスを連続的に発生させその発火頻度を変化させることによっている(頻度符号化あるいは周波数変調)。
つまり刺激(強度)は、まずは受容器電位の振幅に、次に一次神経細胞の活動電位の発火頻度として写し取られて情報化される。神経内(軸索)では、その細胞膜の内外に生じる局所電流(イオン擾乱)によって活動電位が次々と伝播していき、末端で次の神経細胞に接続してその信号は伝達される。
さらに高次神経細胞では、統合(収束と発散、時間的・空間的加重、抑制など)によって下位神経細胞の活動電位のタイミングとその数量に対応することでデータの情報化が進み、最終的には大脳皮質で感覚情報として認知に供される。
一次神経細胞の神経繊維の伝導速度は、その直径(軸索の)と髄鞘による被覆の有無によって決まっている。直径が太いほど、伝導速度は速い。
神経伝導は、温度や麻酔薬や機械的な圧迫などによって伝導ブロック、興奮性の低下つまり活動電位の発火抑制が起こる。薬物では細い繊維から、圧迫では太い繊維から順にブロックされる。
ここまでは、神経痛とは何かを考える場合の最低限の基礎知識としての生理学のおさらいである。ポイントは、一次神経(繊維)内で伝わっているのは、連続して生ずるイオン擾乱による活動電位の伝播であり、その発火頻度が刺激の大きさに比例しているということである。
ここで神経痛とはどのような感覚なのかを考えてみる。
末梢知覚神経の障害の程度に応じて、
①感覚過敏や異常感覚(シビレ感や蟻走感)、
②神経痛、
③感覚麻痺
という段階が想定される。
感覚過敏は、受容器に加えられた刺激に比例しない高頻度の活動電位が生じている状況。異常感覚や神経痛は、受容器には何らの刺激も加わっていないのに活動電位が高頻度に生じている状況。感覚麻痺は、伝導ブロックが起こって活動電位の発生が抑制されあるいは伝導されなくなった状況。何れの場合も一次神経細胞、つまり末梢神経にのみ伝導ブロックという障害が生じている結果として想定される。
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