膝痛とヒラメ筋 (2002/07/01)
Tさん77歳、Fさん60歳の階段下り時のアクシデント TさんもFさんも階段を下りていて膝を傷めたとの訴え。ご両者ともに自宅の階段は、中ほどで90度方向が曲がる踊り場がある階段で、同じようにその踊り場付近で曲がりかけの時に傷めたとのこと。 Fさんは、加重して歩くと膝裏に強い痛みがあり、そのために膝を曲げずに伸ばしたままで突っ張ったようにしてビッコをひいて歩いている。Tさんは膝の裏からふくらはぎにかけて痛みがあり、わずかに脚を引きずる感じ。 スキーなどで膝を曲げる時に捻りの力がかかると半月板を傷めてしまうが、このケースはこれに似た機転で生じた軽い膝関節の捻挫と考えてよいような状態と考えられる。
階段下り時の加重脚の膝が曲がる時、同側の足が膝の曲がる向きについてゆかず残ってしまい、そのため下腿(すね)が太腿(ふともも)に対して外向き に捻れた状態で膝関節に加重がかかったために、膝半月板の後ろの縁が脛と太腿の骨の間で押しつぶされた格好となったものだろう。この時に、お皿の骨が移動 する部分でも関節の袋の縁の一部がヒダとなってお皿と太腿の骨の間に挟まって傷めることもある。このような時の痛みは膝の裏ではなくお皿の周囲にある。
スキー中やバスケットボールやサッカーなどで膝が屈曲位で転倒し膝関節に大きな捻りの外力がかかった場合などでは、半月板に強い押し潰しと引き裂きの力がかかり、最悪では断裂したりする大きなケガとなる。
普
通の健康な人・状態での階段下り時にも、軽度ながらも屈曲と捻れの外力が膝にかかるはずだが、この時は半月板を押し潰される位置から後ろに引っ張る調節力
やお皿の位置を調整する力が働いて何事もなく動作は可能となっている。もちろん、一定以上の曲げ捻りの力がかかれば、やはり半月板の縁やお皿周囲のヒダは
傷んでしまうだろう。
突飛に聞こえるが、スポーツ障害と中高年者の運動器障害の成り立ちには似たところが多い。このことはあまり言われていない。
競技スポーツ選手は優れた素質をもった身体機能を鍛え上げ、その限界点に近い所でそれぞれの競技を行い、関節や筋肉を酷使する。優れた素質を持ちそ れを鍛え上げるのだから、当然その機能的な限界点は高いレベルにある。だから、少々の日常生活動作程度の「動き」では故障を起こすことは稀であろう(発症 機転によってはそれでも生じうるけれど)。しかし、高いレベルにある身体機能を高いレベルで使うことが競技なのであるから、スポーツ競技者の運動器の使用 水準は限界点に近いところにある。だからある意味では容易にスポーツ障害は起こりうる。
一方、中高年者の場合は、加齢と共に筋力(力の大きさそのもの)や動作や運動の協調性が低下しがちだ。特に協調性は、大きな筋肉の単純な筋力低下で
はなく、多軸多関節性に静的・動的に調節されている精妙なアラインメント(動作や位置において最適な関節配置が調節されること)や関節構成体の配置制御を
行っている縁の下の力持ち的な存在である関節位置制御系=支持系筋群の慢性疲労や筋硬などによって損なわれやすい。
つまり、中高年者の場合、その運動器の身体機能の限界点が低下しているのであるから、日常生活動作のような何でもない動作でもその機能限界点に近い負荷になりえる。
こんなわけで、スポーツ選手のスポーツ障害と中高年者の運動器障害は、似ていると考えている。
さて、階段下り時の捻りで傷めてしまったこの中高年のお二人も、膝関節の動的安定性が低下している訳で、スネとフトモモの支持系筋群の協調性が低下
しているものと考えられる。膝の動的安定性には同時に足首の関節の安定性や柔軟性も関係するわけで、このような場合に膝を傷めるか足首を傷めるかは微妙な
差のようにも思われる。
ただ、スネのキズならぬ膝の弱点の方が少しだけ大きくて、結果として膝を傷めたものと思われる。これは、例えば、寝返りを
うった拍子に同様の膝痛を発症したMさん71歳や、地下街のタイル張りの下り坂の通路で方向転換した拍子に膝痛を発症し、動けなくなってタクシーで来院し
たKさん69歳のように、「癖になった」膝痛という診方で共通している。さらに共通していることは、過体重もそうである。
治療と養生の目標は、①膝関節の動的安定性の再建、②傷めた局所組織の修復、となる。
②は、多少は局所の血行促進も役には立つだろうが、決め手はその人の「自然治癒」任せになる。
①は、まずは下腿のヒラメ筋という深いところの支持系筋の親玉の慢性疲労を回復し、筋硬を解き、柔軟性と応答性を改善すること、そのためにふくらはぎの内側のスネの骨のすぐ際の深い部分に、深めの針をして握圧法(もむのではなくゆっくりしっかりと圧迫するような)を行う。
次に太腿の後ろ内側の筋肉、股関節の外後ろの筋肉、骨盤と脊椎をつなぐ仙腸関節の周囲の筋に同様の処置が必要であろう。よく言われる太腿の前の筋肉の筋力強化の訓練も役に立つ。
ヒラメ筋という筋肉は、直立二足歩行を行うヒトの屋台骨となっている筋肉で、地面に対して身体が前に倒れないように後ろに引っ張り続けているし、歩
行では地面を強くけり推進力の源となっている(これには、おなじくふくらはぎを形づくっている腓腹筋や太腿の前の筋肉も大きな力となっているが)。ほとん
どの立位姿勢や平地歩行、よほどの急勾配でない限りの坂道歩行で、ふくらはぎの筋肉は圧倒的な仕事をこなしている。
それほど働いているが、自覚的
にはそれほど疲労感がない部分でもある(特に太腿の前の筋肉などに比べると)。これは、持続的な仕事に適している支持経筋群の筋肉の構造によるものだが、
潜在的な筋疲労と考えられる筋硬は相当なものである(ヒラメ筋の握圧は10人中10人が悲鳴をあげる)。
このヒラメ筋が足首を安定させてスネの骨を固定するお陰で、膝裏の筋肉や太腿後ろ内の筋肉は膝の屈伸時に関節構成体をうまく誘導制御できている。
ヒラメ筋を中心とした膝の機能論を経絡論的に考えると、足の陰の系列の経筋に一括して当てはめて考えることができる。下腿内側、大腿内側、下腹部は連なっており、その連なりに属する病症は、この連なりの中に治療部位を診立てるとうまくゆくことが少なくない。
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