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2014年10月19日 (日)

初心に帰ることの難しさ (2001/11/19) 

惜しまれて現役引退した精神科医の中井久夫先生の『分裂病の回復と養生』から。

医学においては「科学」「知識」と並んで、いやそれ以上に「スキル」が重要なのはいうまでもなく、患者が求めているものは「スキル」であって、学問知識ではない。

「スキル」は英語にしかないらしい言葉であると述べ、看護教育では既に採用されているというドレファス兄弟の「スキルの五段階」を、遅れた医学界でも採用すべきであるとされている。
「スキル」は、単なる技術でも技能でもなくもっと包括的で総合的な人間の実践能力のようであるが、技倆という言葉は近いのではないかと思われる。

その五段階は、①初級、②中級、③上級、④専門家、⑤エキスパートとされている。それぞれの段階については解説しないが、最上段階で「○○の神様」ともい えるエキスパートが間違いを犯すと大変なことになるとして、ベテラン・パイロットが初等教本通りに動く初級パイロットに手を焼いた例をあげて初心に戻るこ との大切さ難しさを説いておられる。

・・・いかなるエキスパートも完全なエキスパートでないこと、エキスパートが、私たちの諺でいえば「智者、智に溺れ る」ことがありうること、その迷いは初級者よりも大きく、及ぼす被害も大であること、エキスパートが迷ったら、第一段階すなわち初心に戻るべきこと、であ る。初期教本に戻るべきことは、「エキスパート」に限らない。すべての段階の人は、迷妄に陥りうるし、陥った時には一つ前の段階に戻るべきであ る。・・・・ただちに、若い人にセカンド・オピニオンを求め、ケース・スタデイの批判にさらされればよい。時には、選手交代をしてもらえばよい。

 私が追加すれば、「エキスパート」だから、「専門家」だからという誇りと周囲の眼とが正しくものを見、行動することを邪魔しがちなことである。私は診察 の途中でも、若い人たちの知恵を仰ぎに行って、セカンド・オピニオンを求めた。そうしてよかったことは多く、そうしなくてよかったことは皆無である。

      
こんな先生ばかりであったら、というのは難しい話であるばかりでなく、一歩翻れば自分自身もそんな困難の渦中にいつもいて、たくさんの失敗を重ねているのだことに気づかされる。

ただ不遜にも私が追加させてもらえれば、「患者に学ぶ」ことも追加しておいてよいのではないかと思う。

玄人が素人を見下し、ないがしろにしがちなのはどんな世界でもいえることであるが、また、みせかけの謙虚さで素人レベルにすり寄っているだけでは玄人の存在価値がないこともこれまた真実であろう。

私たちは、知識・経験という色眼鏡なしには専門家たり得ないが、その色眼鏡を一時はハズし違う眼鏡に掛け替えることはできる。難しいことであるけれど。

理論や学説に惑わされず、自分の五感と自前の頭で素直に患者さんの示している現象を観察し、ホームズの如き推論を重ねることの大切さを思う。

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